◆名馬池月の由来
治承四年(1180年)源頼朝が石橋山の合戦に敗れて後、再起して鎌倉へ向かう途中
ここ千束郷の大池(今の洗足池)の近く八幡丸の丘に宿営して近隣からの味方の参加を待った。
或る月明の夜に何処からか一頭の駿馬が陣営に現われ、そのいななく声は天地を震わすほどであった。
家来達がこれを捕えて頼朝に献上した。馬体はたくましくその青毛は、
さながら池に映る月光の輝くように美しかった これを「池月」と命名し頼朝の乗馬とした。
寿永三年(1184年)有名な宇治川の合戦に拝領の名馬池月に佐々木四郎高綱が乗り、
磨墨に乗った梶原源太景季と先陣を競い、遂に池月が一番乗りの栄誉に輝いた。
と、史書に伝えられている。ここに名馬池月の銅像を造り、
この名馬池月発生の伝承を永く後世に伝えようとするものである。
(像下にある文面より)
平成九年十月吉日
【洗足風致協会創立六十五周年記念 社団法人
洗足風致協会】
◆洗足軒
勝海舟は晩年洗足池の風光明媚がたいそう気に入り別荘を建てて、洗足軒と称し西郷隆盛と国の将来など語り合ったという。
遺言により別荘のあった隣地に墓所が建てられた。
◆西郷南州(隆盛)公の留魂祠
勝海舟は西郷隆盛の西南戦争での死を悼み留魂祠を建てた。
その地が改修工事の為、勝海舟夫妻墓所の隣に移設されたと言う。
10.デジカメ片手に洗足&近辺
八幡神社の大絵馬
勝海舟夫妻の墓所
西郷南州(隆盛)公の留魂祠
弁天島・弁財天
御松庵・馬頭観音
庭の紅梅に来たメジロ
庭の向日葵とカワラヒワ
グルグル泳ぎプランクトンを集め
採食するハシビロガモ
(皇居のお堀にて)
トモエガモ
ワカケホンセイインコ
紅葉見物のカワセミ
池上・本門寺
尾山台・伝乗寺
鎌倉・龍口寺
川崎・平間寺(川崎大師)
上野・寛永寺
浅草・浅草寺
千束八幡神社
日光・東照宮
友人の水野氏撮影
↑ 冬の池月橋
秋の池月橋→
マユハケオモト
ルリビタキ
夕方集合(3月)のワカケホンセイインコ
出穂山稲荷大明神
(2011・3・11)
数十年前(五月五日)
出穂山子育地蔵尊
公園片隅の土筆たち
(2011・4・11)
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感謝申し上げます。(管理人)
台風15号爪跡 勝海舟夫妻墓所前(2011・9・22)