| 書棚の片隅にガラスの小瓶 が一つ。 中には、小さなダイス(サイコロ)が2つ入っている。 特に何と言うこともない、ありふれた6面体のダイスだ。 あれから10年・・・みんな、まだ持っているだろうか。 アル左右衛門「カンコン」参加作品 「空想(あるいは妄想)の中において、僕たちは確かに世界を共有していた。」 TRPG(テーブルトーク・ロール・プレイン グ・ゲーム)という遊びがあります。 “マスター”とよばれるゲームの進行者を中心 に、数人のプレイヤーが参加し、 一つの話を作り上げていく、創造性と協調性が求めら れるゲームです。 詳しくは別のサイト、あるいは関連書籍に説明を譲りますが、 極論するなら、 “ルールのあるごっこ遊び”と想像してもらえば良いでしょう。 私がこの “TRPG”と出会ったのは、高校生の時でした。 ある日、友人が学校に持ってきた一冊の文庫本「RPGリプレイロードス島戦記1」。 その本を手渡しながら、友人は言い ました。 「TRPGって知ってる?」 それが私のTRPGライフの始まりだったのです。 友人が貸してくれた本を、その日のうちに一気に読み切った私(授業は?)は、 週末に友人と初めての“TRPG”をする事を即、約束したのでした。 今思えば、まさに 友人の思うツボであったに違いありません(笑) それから数日後の日曜日。 初めての冒険は宇宙でした。 熱線銃を腰にはき、仲間と共にオンボロ宇宙船に乗って、 古代の秘 宝を求め宇宙を駆け回ったのです。 途中、同じく秘宝を狙う宇宙海賊と交戦し、宇宙船 が大破するも、 秘宝である “意志を持った発掘宇宙船”を発見し、無事帰還する事ができました。 このときのゲームがつまらなければ、TRPGとの接点も無くなっていたかもしれません。 ですが、幸いな事にこの時の4時間は、私にとって、とても充実した体験となったのです。 仲間と共に、見知らぬ異世界を自由に歩き回り、話を創り上げてい く面白さ。 演技というフィルターを通して、もう一人の自分を体験することができる非日常性。 想像する力がある限り、何処へだって行け、何だってできる“可能性”が詰まったそのゲームは、 私にとって、とても素敵な魅力にあふれていました。 こうし て、TRPGの魅力にどっぷりととりつかれてしまった私でしたが、 残念ながらこの時 すでに高校3年生。 時間的な余裕があまりないお年頃だったため、 実際にゲームを遊ん だ回数は、そう多くありませんでした。 その鬱憤を晴らすがごとく、大学生になった 私は積極的に打って出ます。 大学の学部の最初の自己紹介の時に、恥ずかしげも無く、 堂々とTRPGのメンバー募集を宣言したのです。 教授もその場にいるのに・・・で す。 今思うと若気の至り・・・。 認めたくないものですね、若さゆえの勢いというモノ を(笑)。 まあ、その甲斐あってか、数日のうちに10人あまりの同志が見つかり、私の大学生活はスタートしました。 この大学時代、TRPGは生活の一部であった、と いっても過言ではないでしょう。 大学生の特権である時間的余裕にモノをいわせ、暇が あれば友人のアパートに集まりゲームに興じました。 特に、中でも気の合った4人の仲間とは、それこそ毎週のように冒険に旅立っていたような気がします。 狭いアパートの 一室でも、キャラクターシートを片手にダイスと鉛筆があれば、 私たちはどんな世界へ も行くことができました。 当時は、TRPGバブル最盛期。 それはもうまるで雨後の 竹の子のごとく、色々な会社から、 様々なルールが発表され、次々に乱売されていた、ある意味黄金期といえる年代でした。 私たちはその流れに戸惑い、淡い危機感を覚えつつも、 それはそれとしてミーハーに色々なシステムに手を出し、異世界を楽しんでいたのです。 宇宙世紀においてジオン軍兵士となり、ザクに乗り込み戦ったこともありました。 まあ、ソロモンで“白い悪魔”に撃墜されちゃいましたけどね! 遠い未来で星間 商人になり、借金生活脱出のためバクチ貿易に手を染めた事もありました。 まあ、在庫 のだぶついたレコードプレイヤー(!)を捌くべく乗り込んだ未開の星で、 クーデターに巻き込まれ、宇宙船壊されちゃいましたけどね! 邪神復活の儀式を阻止すべく、十字架とモーゼルを手に現場に踏み込んだ事もありました。 まあ、覚醒した邪神とモロに遭 遇してしまい、 一瞬であちゃらの世界に旅立っちゃいましたけどね! ・・・なんか、失敗してばかりだな・・・。 普通にヒーローしていた事もあったのですよ、いやホントに (笑) 悪の魔法使いから、さらわれた姫を救い出す、なんて あまりにもベタな展開を 大 まじめで楽しんでいたこともありましたしね。 もっとも、楽しいばかりでなく、時には 問題も起こりました。 他者とのコミュニケーションを基盤としたゲームであるが故に、 個々の見解の相違 から意見がぶつかることがあるのです。 「キャラクターになりきるということ、演技と現実との境界について」 「戦うということ、誰かを殺すというこ と」 「意見を通すということ、なれ合うということ。」 所詮ゲームの中の話でしょ?、と笑われるかもしれません。 しかし、その都度私たちは頭をつきあわせ、 今から思うと信じられないくらい真剣に向き合って話し合っていました。 まあ、酒を飲みな がら・・・で、行き過ぎることもありましたが(笑)。 もっとも、現実世界においてさえ真実は一つではないのですから、 こうした討論は 結論が出ないまま終わってしまうこ ともよくありました。 ですが、こうした“各々の個性のすりあわせ”を繰り返すことにより、 この時、確かに私たちは、世界を共有していたのです。 しかし、何事も終わり の時というのが来るもの。 大学を卒業し、地元に帰る者、残る者。別れの日。 私たちは、いつか再び冒険する時のために、とそれぞれのダイスを交換しました。 いつでも異世界へ旅立つことができるように、そのための切符として。 いつか来るその日を楽しみに、だけど・・・しばしの休息を。 あれから10年近く経ちました。 私は地元で就職 し、そして結婚、子供も産まれ、なかなか自由な時間が持てなくなってしまいました。 今では、地元の卓上ゲームサークル“ぶんげい会”に、年数回参加する程度になってしまっています。 これから子供は大きくなり、そして私も年をとっていき、 周囲を取り巻く環境だってますます変わってくるでしょう。でも、TRPGは辞めないと思います。 根拠はありませんが・・・たぶん、そうだと思うのです。 私の、いや、僕たちの冒険はまだまだ、これからも続いていくでしょう。 これを読んで下さっている貴方とも、 どこかの異世界でお会いできるかもしれません。 その時は・・・どうぞよろしく! 了 2005年2月20日 アル左右衛門 |