ボボボーボ・ボーボボの感想
(ボボボーボ・ボーボボはとても面白い漫画です。私は大好きです――)
――ダメだ、こりゃ。
小学校低学年レベルだ。いやそれ以下だ。偽ありさ――つまりは偽小学生――を標榜しているからといって、これで通用するとは到底思えない。頭の中の原稿用紙を丸めて放り投げた。頭の中の原稿用紙は頭の中のゴミ箱を外れ、頭の隅へと転がっていった。ますますもってダメだこりゃ。
考え方を変える必要がある。偽者とはいえ『ありさ』の三文字を冠するのだから、その辺を活かして感想を書いてみようか。
(澤井先生は偉大です。澤井先生は偉大です。澤井先生は偉大です……)
……頭の中の原稿用紙がもう一枚無駄になった。
どうにもいい考えが浮かんでこない。どうでもいい考えは浮かんでくるのだが。
夏休みの宿題は三十一日にまとめてやるタイプだった。追い詰められてこそ人は能力を発揮できるという屁理屈を旗印に、怠けるだけ怠けてから父に手伝ってもらう子供だった。のび太に落涙し、カツオを応援し、まる子と同病相哀れむ、そんな子だった。そして今なおそれは変わらない。小学生、中学生、高校生、と時を経て、大学二年生になった私は相変わらず自分を追い詰める。カンコン2締め切りまで残り二日。『管理人の偽者』なんて美味しいポジションを確保しておきながら、おめおめと「すいません期日までにできませんでした」ではすまされない。すまされるわけがない。
場所が悪いのか? 病院の辛気臭い雰囲気と鼻をつく消毒薬の刺激臭が感想の絆しになっているのか? そういえば父も病院が嫌いだと言っていた。洒落の通じない相手が多いから嫌いだと言っていたが、それは病院にかぎったことでもないんじゃないだろうか、と思う。思うが、私も一応は父の血をひいている。自分自身気づかないところで、病院に対する苦手意識があったりなかったりするのかもしれない。
それとも設定が悪いのか? 大学生である私が小学生の『ありさちゃん』を名乗るのは、やはり無理があったのではないか? 共通点が性別と人種だけというのは問題があるのではないか? 管理人の偽物を僭称すれば、荒らし扱いされてもおかしくはない。仮に参加が認められたとしても、変な期待をされてしまうこと請け合いだ。素直に自分のHNでエントリーすればよかったのに。なぜ無意味なリスクを背負うのか。私の馬鹿め。ウケをとろうとして余計なことをするのは父親譲りだ。
私の設定ではなく、感想の題材が悪いのか? ボーボボと言えば感想サイト泣かせで知られた存在だ。マイ・フェイバリット・コミックスとはいえ、サイト持ちでもなんでもない私が選択するのは無謀だったのかもしれない。初めて婚約者の実家にやってきた時、燕尾服とシルクハット、ご丁寧に付け髭までつけてきたという伝説(母方の祖父は大うけしたが、それ以外はドン引きだったらしい)を持つ父くらい無謀だったのかもしれない。
ひょっとして私のセンスと頭が悪いのか? そうではない……と思いたい。センスと頭まで父親似だなんてあまりにも救われない。私にだって1ミクロン程度のセンスがある。センスさえあれば創意工夫でなんとかなるはずだ。なんとかしてみなければならない。さて、どうする。どうするどうする。何かないか何かないか。面白くて衝撃的……ボーボボを扱うということは決まっているのだから、ボーボボとのギャップを狙えるようなもの。
私と母の前を数名の看護士が通り過ぎていく。年齢はバラバラだが、皆が皆、例外なく忙しそうだ。
病院のビニール椅子は清潔で、クッションも上等なものだが、どこか座り心地が悪かった――
――そうだ。
一つ思いついたというか思い出しとというか。以前、どこかで見た、池波正太郎風に書かれたドラえもんの小説。あれは非常にインパクトがあった。インパクトだけではなく、ピッタリと上手くはまっていて、面白かった。あれをボーボボでやれば、感想のアクセントになるのではないだろうか。
ただの猿真似じゃないかと言われる向きもあるだろう。だが背に腹はかえられない。インスパイアが流行っている昨今、私にだってこれくらいの権利は残されているはずだ。池波正太郎でやるのはアレだが、作者を変えてやれば問題ない。そう、例えば……
それは、粘性の皮膚を持った男であった。
皮膚が柔らかく、茶ばんでいる。
TV放送ではピンク色だった。
グルグルとトグロを巻いている。
先が高く尖っていた。
眼が細い。
朝の贈り物を棒でつっついて二つの裂け目を入れたような眼をしていた。
全身がある物を象徴していた。
ジャンパーの前にはソフトクリーム、後ろにもソフトクリーム。
恐らくは下着もソフトクリーム柄だろう。
異様な男であった。
強烈な、臭気にも似たものを、というか臭気そのものを帯びていた。
その男の名をソフトンといった。
……夢枕獏は少し問題があるようだ。描写しているモノがモノだけに少々くどい。
夕方近く、洗剤を片手に抱えたビイ氏がハジケブロック基地の扉を開けた。
「奥様、汚れよく落ちます」
ディイ氏の説明ははっきりとしていて流暢だった。それにエイチ氏とティイ氏が続く。毛狩り隊を壊滅させるため、ハジケブロックに殴りこみをかけたところだったのだ。
「アリエール。どうです。あなたもやってみませんか」
私は星新一を誤解しているような気がしてならない。自分でそう思うくらいだから、他人が見ればなおのことだろう。
僕は最近魚雷先生を知った。魚雷先生という人がいることは僕はヘッポコ丸の解説を聞く随分前から知っていた。しかし僕はハジケリストで、逢いたいとは思わなかった。どうも虫が好かなかった。ツッコミというよりボケ寄りに思えたし、勢いだけのキャラにも思えたし、澤井啓夫は頭がおかしくなったんじゃないかとも思えた。いつもギョライギョライと言ってこの世の中で魚雷は自分だけだという顔をしているように思われた。
武者小路実篤はともかくとして、方向性が間違ってきたように思える。
うっおお――!! ハナーゲイザ――――!!!
ウギャア、田楽マ――ン!!
諸君私はやっくんが好きだ。
お前は今までにしたサービスの数を覚えているのか?
……なんだこれ? 自分で自分がつかめない。
中年医師が気の毒そうな顔で私の前を通り過ぎた。
「手術中」のランプに照らされ、いったい私はどんな表情をしていたというのだろうか?
……………………よし。他の方向でいこう。
ここは初心に帰って、そのキャラの在り様を考える。他の作品ならともかくとして、ボーボボでは珍しいと言えなくもない。
まずは首領パッチ。彼は冷酷で冷徹だ。他のキャラクターに比べて極端に縛りが少ないため、やりたい放題に振舞うことができる。そしてそれを恥とせず、思うが侭に生きることをよしとする。話の中心にいるためなら手段は選ばず、ヒロインに蹴りを入れることも珍しくない。「人の心を笑いで温かくしよう」とか「笑いでみんなが幸福になる」などという高尚なことを考えてはいない。自分がやりたいからやるだけのこと。やりたいことをやっているだけなのに、なぜか人気は高い。不可解だ。理不尽だ。要するに私の父だ。
首領パッチを影でコントロールするのはビュティ。ツッコミで彼の行動を補完する。首領パッチに自覚があるのかは知らないが、ビュティあっての首領パッチだと私は思う。首領パッチに冷たくあしらわれても頑張ってつっこむ。なんといじましい。我が家でいうと母のポジションになるはずだが、母のツッコミはもっと冷淡だ。大抵の場合黙殺し、そうでない場合は普通に怒る。なぜこの人が父と結婚したのだろうかと長年疑問に思っていたのだが、今現在、私の隣に座り、顔色を失くして肩を震わせている彼女を見ると、
――なるほど、夫婦というものは子供の視点から見ただけでは分からないものだ。
そう思わざるをえない。
ところ天の助。彼は概ね被害者だ。不運と不注意も大きいが、本人の性情による点が最も大きい。彼は事故にあい、事件に巻き込まれることで笑いを誘う。父がトラックにはねられたことも、病院に運び込まれたことも、目の前の部屋で何やらやっていることも、きっとこれと同じことだ。そうに決まっている。
魚雷ガール。彼女の魅力は数多い。その中でも意図せず互恵的な二面性は特筆に値する。凶悪な男・OVERと愉快な淑女・魚雷ガール。人間は複数の顔を持つのが世の常だが、彼女の場合はそれがいささか極端だ。家ではバカなことをやっていても、会社では真面目に勤めている私の父に通じるものがある。カリアゲ君や富士三太郎のようにして会社で働いている可能性もあるので油断することはできないが。
ソフトン。彼は空気を読む男だ。存在そのものがボケなのにも関わらず、状況に応じてツッコミ役までもこなしてのける。魚雷先生が惚れてしまうのも無理はない。自分の父親(つまり私にとっての祖父)の葬式で読経中の坊主を笑わせ、長男なのにも関わらず式場からつまみ出されてしまった誰かさんにも見習ってほしい。「ああすることがあの人なりの供養なのよ」などと的外れなことを言って涙ぐむ親戚もいたが、それは断じて違う。あの人はウケがとりたかっただけだ。祖父の葬式だけではなく、自らの葬式でも同じことをするだろう。考えるだに恐ろしい。間違っても父の葬式には出たくない。
田楽マン。彼は誰よりもタイミングを計ることに長けている。例えば……
「……っ」
小さく息をのむ音が聞こえた。肩を震わせていた母が、手術室の扉をじっと見つめている。若草色の電灯が明滅し、やがて光は落ち、「手術中」の三文字が暗くなった。つまり、父の手術が終わった。
手術室の扉が遠慮がちかつ耳障りな音をたてて開き、もったいつけて白衣の男があらわれた。芝居がかっている……というには、あまりにも素人くさい。これではコントだ。父のことだから本当にコントなのかもしれない。ドッキリだと言われてもいいように、心を強くもっておかなければ。
「手術は成功しました」
セリフまでコントじみている。
私の前では涙の一しずくさえ見せたことのない母が、目頭に水の塊を溜めている。大きく見開かれた両の瞳が溶けださないか心配だ。
あっという間にくずおれて、ぐずぐずと幼子のようにすすり泣く。口から出るのは「よかった、よかった」その繰り返し。床にへたりこんで、滂沱と涙を流していた。
まあ母の気持ちも分からなくはない。
分からなくはないが、正解とは思えない。私よりも父とのつき合いが長いくせに、母は肝心なことが分かっていない。
相手は父だ。ここで泣いて喜ぶわけがない。彼にとっての至上は笑いをとること。私たちは笑わなければいけないのだ。
もちろん私は笑った。腹の底から声を出して大笑した。
濡れた頬はそのままに、我が家の首領パッチを笑いとばしてやったとも。
『おわり』