映  像

TopPage

映像のTopへ


映像−2

「ゴビ砂漠」(砂漠の夢)


それなりに整備された道が通っていて、道の向こうに巨大な砂の山が広がっています。手前の道には自転車に
乗っているのでしょうか、人が写っていてます。細かくは分かりませんが、写っている人影は探検隊のように
は見えず、服装からも日常性が感じられます。この写真がゴビ砂漠の紹介写真であることから、中国のいずれ
かの場所で撮影されたものでしょうが、日常的に見える手前のおじさんと、生活の中には決して存在しない
巨大な砂の山の対比が面白くて暫し見入ってしまいました。これは当に人為と天然の接点であり、この写真の
こちら側には人の社会が渦巻いており、砂山のあちら側には茫漠としたゴビ砂漠が容赦なく広がっています。
この向こうに桜蘭があり、チベットがあります。そんな感じで見ていますと色々な想いが頭をよぎりました。

蒼き狼と白い鹿を祖先とするモンゴル族とその帝国の興亡。

そして王翰の絶句、「涼州詩」(涼州詩は同名の詩がいくつ
かあるようですが、私は王翰のものが最高と思いおります)。

曰く

葡萄美酒夜光杯  欲飲琵琶馬上催  酔臥沙場君莫笑  古來征戦幾人囘

(自分の国では滅多に見ることもない、ブドウから作った美味な酒を珍しいガラスの器に満たし)
(いざ飲もうとしたとき、誰かが馬上で遠い西域の楽器(琵琶)を手にし、異郷の曲を奏で始めた)
(このひと時の安らぎに美味い酒。ついつい杯を重ねて酔い潰れてしまっても笑わないで下さい)
(古来から、こうして遠い辺境の遠征隊として従軍し、生還した人が何人いたというのでしょう)

古代中国の王朝はそのいずれもが四方を東夷、西戎、北狄、南蛮という野蛮な民族に囲まれて、常にそれら
異民族(蛮族)の度重なる侵攻に悩まされておりました。国力がない時代には胡国(えびす)に対する貢ぎ物と
して、王昭君の様に泣く泣く異国に遣られた娘たちもおりました。いわゆる忍従外交というやつで、国民は
タマったものではありません。転じて国力が充実して来ると、そんな外交上の不安を一掃するため、娘らの
代わりに軍隊が四方へ遠征します。いつの時代でも似たものですが、普段は農業に従事している国民が徴用
され、遠征にかり出されます。国民としては、どちらにしてもタマったものではありません。上記の絶句は、
そんな西域への遠征に加わった者の思いを詠ったもので、見聞きする風物の違いから故郷から遠く離れてし
まっている感覚と、生きて再び故郷の地を踏めるのだろうかという不安が見事に表現されています。

何よりも、「起承転結」が実に綺麗に構成されている、七言によるまごうことなき「絶句」。嬉しい〜!

そういうことを想い巡らせているうちに、ついには英国陸軍将校、ロレンス中佐の『清潔だからだ』のひと言
(「映画:アラビアのロレンス」の一場面)さえも脳裏をかすめ、収拾が付かなくなって さらにさらに・・・

アラビアのロレンス(ピーター・オトゥール主演)」
第一次大戦下のエジプト。英国は陸軍将校ロレンス中佐を派遣し、アラブの対トルコ反乱に関与したが、
当のロレンスはアラブの民と行動を共にするうち、次第に英国のアラブ支配という目論見を外れ、自らの
信念でエジプト−アラブの人々に親しみ、トルコに対する戦いを進めていく。そんな日々の中、どうして
砂漠が好きかと問われたロレンスは、彼方の地平線をじっと見遣り、ひと言『清潔だからだ』と答えます。
青年時代に一度だけ観ただけの映画ですが、そのシーンは鮮烈でハッキリと思い描くことができます。


写真を見て頭をよぎった想い・・。ゴキゲンで書いてたら長くなり過ぎました。ここらで止めておきます。

(あぁ・・「王昭君」のことも書きたかった〜)



資料映像:Microsoft エンカルタ97 エンサイクロペディア

前頁


映像のTopへ