歌 と 詩

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「道草」

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真っ直ぐに張った糸が あの日僕は好きだった

岩に似て強いものが あの日僕にあるように

恋さえも人の弱さ 許せないごまかしなんだと

肩はって人を責めても 実りない日々のからまわり

じっと眼を閉じ いまじっと眼を閉じ

心の中で琥珀にかすむ 想い出たどれば

浮かんでくるのはふしぎと道草 数々の寄り道回り道



真実を背負うことが あの日僕は好きだった

この世には他に意味が あの日僕にないように

どんなにか闇を行こうと 果てのない深さの極みに

憧れの守り袋に 張りつめた日々のからまわり

じっと眼を閉じ いまじっと眼を閉じ

あの気まぐれとその戯れと またあやまちさえ

許しも乞わずに手を振る道草 数々の寄り道回り道


「道草」小椋 佳



少年のあの日

世の中をもっと真っ直ぐだと感じていた
不動の何かを重心として善である自分や
善であるすべてのものが生かされていると思っていた

真理こそが世界の中心であり、そこに邪は侵入すべくもない
真理たる善に直結するこの自らの心こそが世界を支え邪を祓う
そは強靱であらねばならず、また強靱であったはずだ
その強き心は、自他の内なる邪を滅し怨霊の如く彷徨う邪をさえ祓う

恋とやらに堕ちた者どもは言い訳の鎧を付ける
曰く自分が自分でないようだと・・・
怠惰な心で買い込んだ安物の鱗粉を身にまとい
自分の汚れに気付かぬフリを決め込む
教えてやろう。それが堕落というものさ
自分は堕ちた者を助けない。彼らの傷は癒されることはない
彼らはその身の全細胞が滅するまで泥に浸り続けるのだ

いつの頃からだろうか
金を数え、女の微笑みを測り、物の怪を恐れ選挙に行く
善でもなく悪でもなく強くもなく弱くもない。ことさら
好きでもなく嫌いでもない、少年の目には不可解な、泥。
面倒くさく居心地の良いその泥に、浸り続ける自分が居る




「をんなの骨」

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明け方のまどろみに
をんなの身を焼く夢を見た
燃えながら俺を振り向き
「ちょっと待っててね」と言う

赤い炎はをんなを抱えつ
揺さぶりもせず溶かしゆく
そして寝ているをんなの頬も
黒い瞳も消えていく

やがてをんなの身は骨になる
綺麗な白いをんなの骨は
眼窩の隅から俺に言う
「意外に白い骨でしょう」

細く綺麗なをんなの骨を
ひとひら手に持ち佇む俺は
をんなと共に火の熱さ
この手に覚え骨を視る

この白い腰骨には
想い出り在りやなしや
この肩の細い骨
あの細い肩のなごり

寄ってたかってをんなの骨を
砕き散らした阿呆には
見えなかったか紅いまま
燃え残っていた口唇が

をんなは紅い口唇に
微笑み浮かべ俺を見る

不浄の義理を捨ててこそ
真実の絆通いしものを


「をんなの骨」gonzui



夕陽が美しく映える季節

わずかな微睡みのはざまに見た

一瞬の白き夢の情景です




「田原坂」

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雨は降る降る
人馬は濡れる

越すに越されぬ 田原坂


右手に血刀
左手に手綱

馬上豊かな 美少年


田原坂なら
昔が恋し

男同士の 夢のあと


どうせ死ぬなら
桜の下よ

死なば屍に 花が散る


春は桜よ
秋には紅葉
夢の田原の 草枕



「田原坂」民謡



ご存知のように西南の役(明治10年)の激戦地、「田原坂」を唄った民謡です。

当時の熊本城は新政府の九州鎮台(鎮西鎮台)がおかれ、九州に於ける軍事的中心地でした。政府軍
(官軍)との対峙を前にした薩摩軍としては、事前に必ず落としておきたいところでしたが、加藤清正
が1607年に完成させた熊本城はその守りが非常に堅く、陥落させ得ないまま政府軍主力の九州上陸を
迎えることとなり、熊本城を包囲したまま、北部防衛線であった田原坂にて政府軍と対峙しました。

鉄壁の布陣で防衛する薩摩軍に対し、3月5日に政府軍がその主力をもって田原坂攻撃を開始。以後、約2週間に
及ぶ激戦が繰り広げられます。以前の戦(いくさ)においては補助的であった鉄砲が刀剣を凌ぐ兵器として用い
られた戦いで、2週間のうちに官薩両軍の死者が14,000余名という凄まじい人数が白刃と銃弾に倒れました。
昼夜を問わず、僅か300メートル程度の範囲内で発射された小銃弾は1日平均32万余発(10秒間平均35発以上)
と伝えられています。発射された銃弾どうしが空中で衝突し、二つの銃弾がくっついて出来る「かちあい弾(だま)
(ゆきあい弾)」も非常に多く見られ、弾道密度の凄まじさから局地的大激戦であったことが想像出来ます。

この田原坂の戦いは総じて雨天の日が多かったということですが、冷たい雨の中で命を落としていった
兵士達はどんな思いだったのでしょう。歌としては単調でスローテンポなものなので最近の人には「受け」
は悪いでしょうが、その歌の背景を思うとき、『越すに越されぬ 田原坂』という一節などには感じ入る
ものがあります。桜の季節でありながら、開花の直前に死んで行かなければならなかった者たち。歌詞
からでしょうか、累々たる屍の傍らに咲いた桜が、惜しみなくその花を散らせる情景を連想してしまいます。

桜花を未練なく散りゆくものとして武士道の鑑(かがみ)としていた時代。その思想背景はともかく
として、その情景は「己(おの)が時代」に忠実であった者たちへの敬意を、ある種の切なさとともに
感じさせてくれます。死に場所を選べた時代。でも、実はそう思えただけかも知れないですね。




「BLONDE」

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呼ばれるまま かしずいた
出会えたのが 奇跡のようね
私より強い男を捜してた
その低い声に髪を引きずられ 夜へ〜♪
 乱れたい〜
Blondy Tonight 女は誰も
劇しく 愛されたい
時代が 甘やかすから 男たち
愛に手を抜くの〜♪
 やるせない〜

この私を 黙らせて
愛をくくる 眼差しの糸
微熱より熱い男を待ってた
氷が溶けてくおんなの炎で 胸に〜♪
 狂わせて〜
Blondy Tonight 女は誰も
本当は だまされたい
綺麗と 愛していると 男たち
言葉を使って
〜♪

稲妻のような 男ならいいわ
別れる時には 愛だけ残して 消えて〜♪
 許すから〜
Blondy Tonight 女は誰も
きらめき 愛されたい
時代に 逆らいながら踊りたい
抱きしめられて〜♪

「BLONDE」中森明菜


「低い声に髪を引きずられ・・夜へ」むしろ女の黒髪が男の低い声に感応する感じ。非常に官能的描写ですな
「微熱より熱い男」これは体温の高いオイラのことだね!  そかそか〜待ってたんか〜(喜)
「男たち言葉を使って」確かに、身体使って愛するオトコなんざ山ほど居るわなぁ。やっぱ、おんな心に
火を点けるのは、耳朶に触れる唇。低い声でささやかれる魔法のコトバでなくっちゃね!
「別れる時には 愛だけ残して消えて」ありがとう。嬉しかったわ。いつまでも忘れないわ。忘れ物はないわね。
愛が漂ってるうちに消えて。素敵な想い出にするわね。戻って来ないでね。そろそろ次のを探すからね。



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