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「透視メガネ」
小学校の低学年の頃、時折校門の前に不思議な店が出ていた。
いつ何処から来るのかも、何処へ帰っていくのかも分からない。
今思えば露天商なのだけど、下校時刻に合わせて子供の欲しがりそうなものを売りに来る。
ある日、家へ帰ろうと校門をくぐると、道路の向こう側にそんな店が出ていた。小さな台に布が被せてある。
台の向こう側には、いかにも素性の分からなさそうなオッサンが一人、小さな椅子に座って煙草をふかせている。
ある時は太い針金と輪ゴムで作った鉄砲。弾は1センチ四方に切った厚紙だからとぎれることはない。
オッサンは楽しげに持参の厚紙弾を装填し、近くの地面に向かって引き金を引く。
「ピシッ!」と地面に僅かな土煙が上がる。欲しい。
ある時は竹で作った蛇で、尻尾を持つと生きている蛇のように動く。カッと開いた口からは
赤い舌もチロチロ出ていて胴体の動きとは違った動きをする。台に並べてある時は只の竹で
作った蛇なのだがオッサンが蛇を触っている時は生きている蛇になる。欲しい。
子供らは学校を出てそんな店が出ているのを見付けると、必ず何があるのか覗いたものだ。
そこには何種類ものお宝は並ばず「とても面白いもの」が必ず一種類だけ。2〜3個だけ並べられている。
ある時は潜望鏡。草むらで腹這いになったり、土管の中に入り込んで身を隠しながら敵の
動きを見ることが出来る。この潜望鏡は改良型で伸縮の巾がとても大きかった。縮めれば
手の中に隠せ、伸ばせば土管の奥底に潜んだままで外の様子を眺めることが出来るほどで、
おまけに対物鏡と接眼部に小さなガラスが嵌った防水型だった。欲しい。
ある時は地球ゴマ。オッサンによると地球ゴマが回っている時は不思議な力が働き、人間の
意志を理解するのだという。そしてオッサンはコマを回す。それは凛として回転し、
家来のように台の上に整列し、惑星のように糸の上を移動する。欲しい。
三々五々校門から掃き出されてくる子供らの殆んどが興味津々の表情で覗きに来る。
オッサンは台の周りが子供らで一杯になった頃を見計らって実演を始める。
ある時は鳥や鹿の形の笛。水を入れるようになっていて、入った水の量と吹き方で鳴り方が
驚くほど変化する。どんどん水を入れ、高い音になり聞こえなくなった時オッサンは「人間には
聞こえんけど、犬には聞こえてるんや。これで犬の訓練が出来る」と説明する。欲しい。
ある時は奇妙なカード。屏風のようになっていて表に絵が描いてあるのだが、パタパタと畳んでひっくり
返して広げると、それまでとはまったく違った絵になる。絵は表と裏に書いてあるのだが、もう一度パタパタやると
表にも裏にも描いてなかった絵に変わる。オッサンは「練習次第で色々な絵が無限に出てくる」と言った。欲しい。
そんなある秋の日、不思議なメガネが出たことがある。形は小さな望遠鏡のようだったが、遠くのものを
大きく見るものではなく、見た物体の「骨」が透視できるものだった。オッサンは一度だけ覗かせてくれる。
「そこの電柱とか立木を見てみ」と言われ覗いてみた。風景全体が夕暮れ時のように見えた。電柱を見ると
全体が薄い影のように見えたが、その中心には電柱の骨が芯のように黒い影となって見えていた。他のものを
見ようとした時、オッサンは「隣の子にも見せたってや」と言い、メガネは取り上げられた。こんな世界も
あるのかと思った。台の周りに群がる子供らが順番に覗いていくにしたがって、次第に驚きの声が大きくなった。
「これはある研究所で極秘で開発された秘密兵器で、世界のどこにもない。おっちゃんも30個しか分けて
もらえんかった。このチャンスを逃したら二度と手に入らへんで。」と言った。これはもの凄いものだと思った。
今買わなければ二度とは手に入らない。欲しかった。既に周りの子供の何人かはおっさんにお金を渡している。
大慌てでオッサンに300円を渡し秘密兵器をゲットした。母親に渡すはずの給食代のお釣りはなくなってしまったが、
代わりにゲットした価値ある秘密兵器を手にした俺は意気揚々と家に帰った。
家に帰ると、先に帰っていた兄が寝そべってマンガの本を読んでいた。直ぐに兄は透視メガネに気付いた。
「それ、校門のところに出てたやつやろ。おまえ、あんなもん買ぅたんか。」と言って笑った。
兄はオッサンの説明も聞かずに素通りしたようだ。彼は見ていないのでその威力を知らないのだ。
説明して見せてやった。兄はメガネを俺の方に向け・・、暫し。「これ、骨を透視できるんやろ?。
オマエ、骨ないぞ。骨の代わりに身体の真ん中に芯があるわ。オマエ、骨はないんか?」と面白
そうに言った。慌ててメガネを取り返して兄を見た。兄の身体には理科の教科書に載っていた骸骨の
ような骨はなく、身体の中心部に一本の芯があった。兄は「あほめ」と笑いながら言った。
台所へ行くと、丁度母親が買い物から帰って来た。買い物カゴの中に新聞紙にくるまれたイカがあったので、
母親にバレないように素早くイカを見ると、イカにも芯があった。このメガネは不良品かも知れないと思った。
その時、不意に母親がこちらを振り向き「あんた、給食代のお釣りは?」と訊いた。お釣りを使って透視メガネを
買ったことを告げ、その素晴らしい性能を説明した。母親は一応透視メガネの説明を聞いてから言った。
「ほんで、お釣りどうするんや?。お母さん、そんなメガネ要らんで・・・」
「・・・お釣り、使ぅてしもた・・・」
「あのお釣りはお母さんのお金やで。そんなに欲しかったんやったら一旦家に帰って『お小遣い頂戴』って言いなさい」
「30個しかなかったから。・・・家に帰ってたら、売り切れてたかも知れんかった」
「どんなに欲しかったか知らんけどな・・。自分のお金やったら買ったら良いけど、人のお金を勝手に使ぅてしもたらアカンやろ」
「でも、あの時やないと、二度と手に入らないって言ってたから」
母親は暫く黙っていたが、「ちょっと見せてみ」と言ったので透視メガネを渡した。母親はメガネを
眼に当てて辺りを見回した。そして、「あんた、そこのガラスのコップ見てみ」と言った。
ガラスのコップにも芯があった。
透視メガネは偽物だった。母親は「今から行って、こんなもん返して来なさい。お母さんに怒られたから
返します。お金、返して下さいって言ぅて、ちゃんと300円、返してもらっておいで」と言った。売っていた
オッサンが、はいそうですかとお金を返してくれるとは思えなかったけれど、取り敢えず母親に言われるまま
透視メガネを持って学校への道をたどった。学校に着いた頃はすっかり夕方で、低く沈み行く夕陽のため、
自分も含めすべての物が長い影を伸ばしていた。あれほど子供らで賑わっていた校門前には誰も居らず、
不思議なほど静まりかえっていた。お店もオッサンも、夢であったかのように消えてしまっていた。
店が出ていた場所には何の跡も残っておらず、雑草たちが秋の赤い夕陽に照らされて風に揺らいでいた。
何を見ても真ん中に芯が見えてしまう「透視メガネ」だけが、手の中に残った。
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「心の中に」
子供の頃、よく虫や魚を捕まえて遊んだ
生き物をいっぱい殺して過ごした
主に虫だったが殺した数は計り知れない
捕らえて籠に入れたのを忘れ飢え死にさせる 地面に置いてペチャンコにする
逃げようともがく虫に針を刺す 死なせ方は色々だったが 何らの罪悪感もなかった
殺したいと思ったこともなく 特に殺すことで喜びを感じるワケでもなかったが
ペチャンコにしたらどんなだろうと思い、頭がなくなったらどうやって歩くのかと思い
針がささったらどんなだろうと思い 踏み、捻り、刺した
結果として生き物たちは死んでいった
ある日
捕まえたトンボの羽を石で押さえ、動けなくして生きたまま蟻に食わせた
トンボは6本の足を振り回し腹を伸ばしたり縮めたりしながら抵抗した
何匹かの蟻はトンボの顎の犠牲になったが
ついにはトンボの腹部に穴を開け体内に侵入し
トンネルを掘るように肉を食いちぎり始め トンボはどんどん空っぽになっていった
助けられるのは自分だけだと分かっていたが、最後まで助けず見ていた
ついに、先程まで空中を遊弋していたトンボは抜け殻になった
中の肉がなく透けて見えるトンボは軽く
手に取り放すと風でハラハラと散るように落ちた
陽にかざすと美しかったが、それは二度と飛翔しなかった
一瞬、大好きなトンボを食い殺した蟻どもに、堪らない憎しみを覚え
足元に見える蟻をさんざんに踏み殺した
そこらの地面は蟻の死骸だらけになったがトンボは戻らなかった
その時初めて、蟻も戻らないことに気がつき愕然とした
今まで自分が死なせてきた生き物たち
一度失われた命
どんなに乞い願っても決して戻らないという感覚。そして今、
現に生きている自分にはどうしたって謝りようもない感覚に泣いた
家に帰り、泣きながら母親にこの感覚を告げた
母は言った
死んでいった虫たちの命。これはもう、どうしても戻らないね
でも、あなたがそのことに本当に気付いたのなら、無駄死にではなかった
今の気持ちをよく噛みしめて、これからはどんな生き物でも大切にしてあげてね
そうすれば消えてしまった虫たちの命 あなたの心の中に生きているから
この世の中に「取り返しのつかないこと」があることを知った夏だった
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