ハード・タイムス
只今『自己アーカイブの整理』といったお題目で、今までゲットしてきた様々なモノの点検などをしているのだが、駄目だ、これは。
ウチにはハードも多いがソフトも多い。CDだのテープだの聞き返していると止まらない。
しかも肝心要のモノが無い、というテイタラクになっている。
・・・あれー、デビューCDって、ウチに、無いのかあ・・・
ま、いいか。
狂犬ピアニストの佐藤君に贈るべく、只今、好きそうなCDを選択しているのだが、あるあるあるある。ガンガン出て来る。
今流れている音楽CDは『 MUSIC FOR 18 MUSICIANS / STEVE REICH 』だったりする。ミニマル物ですなあ。気持ちよい。
しかしながら、生涯、ワシは、絶対にこんな事はライブでやらないぞ、と固く決意してしまう。
もし、何処かでやるのであれば、誰か、情報、下さい。絶対、見に行く。
廃品回収の日に、括ってあるマンガを見つけて、それらをむさぼり読んでいる状態なのだな、今。
終わらネエ。
『自己アーカイブの整理』というからには今まで何に感銘を受けてそれらを取ってあるのか、と思いたい物だが、ソフト、ハード類で埋め尽くされているこの部屋は、それらの集大成ナンであり、(捨てて無いからね)まるでこれは便秘のウンコを出す、あの、太くて長いウンコをひりだす快感と似ているのではないかなどと一人で考えているのだが、それも、実生活では、最近、無いなあ。
部屋の中は、人生の宿便だらけで、またそこから栄養を取ってしまっているものだから残るはカスばかりなのだと思いたいのだが、中々そうもいかない。
本来のカスである所の生活から出るゴミも捨てられない。
というか、捨てれる時間に起きて無い。ゴミ屋の朝は早いのですな。
その昔、府中に住んでいた時は、ゴミ、捨て放題。近くに、『燃えるゴミ』『不燃物』らを入れるデカイ缶があちらこちらにあり、その近くの住人らは、夏などは戸を開けられない程の臭気がただよっていたと思われるのだが、ナニ、戸を開けなければよろしい。おかげでこちらもゴミをバンバン、溜ると、捨てていた。
その悪習が調布に来るとダメなのです。
ちゃんと回収車の回って来る時間に捨てないと、ダメー。
おかげで家がゴミの貯蔵庫になってしまう。
あまり早く出してしまうと、ネコとカラスのエジキになってしまうので、時間ギリギリに出さないといけないの。
『関係無いぜ』と男前のように捨ててしまうのがイイのだがそうもいかねえだろよ。
ま、いいや。今から捨てよう。燃えるゴミ。『関係無いぜ』
・・・・・ふー・・・・・
ああ、経過を書こうとしたらば、マックがスリープしている。
何故30分もかかってしまったかというと、そこいらのゴミがウチの中に存在していたからだな。緑色のゴハンが丁寧にタッパーの中にあった。捨てようとしたら、『バフン』と胞子を撒きちらしやがったネ、こいつは。まあいいや。冷蔵庫の中にあった一月ぐらいショーユにつけてあったマグロ・タコなぞも、喰おうと思えば喰えそうなのだが、止めて、捨てた。正解か。何かぬるぬるした感じの物もあったが迷わず捨てた。冷凍庫にあった魚の干物も随分と記憶の彼方にあった奴なので捨てた。捨てた捨てた。今冷蔵庫にあるのは乾物のエビだのゴマだのコーヒー豆だのワサビだのカラシだの、しかない。よかったよかった。今年一年の腐りものを排除したのかな、これで。
しかし、明け方、いつも見かける風景が夜中に発生してしまった。ゴミの山。
これプラス、いつも見かける風景かあ。
明日のゴミ屋も大変だ。
これだけ捨てても、部屋の風景が変わらない。
日常のゴミだけを捨てる生活はもう終わりなのだな。
変わらネエんだ、そんなんじゃあ。
人生の一部をゴッソリ切って捨てないと、ダメなのかね。
手足とか。
明日のゴミ屋は大変だ。
そして今なお増え続けるゴミ。
タバコの吸い殻。十勝カマンベール、一気喰いしてしまったので、その包装紙。韓国海苔の包装紙。ビールの空き缶。焼酎の空き瓶。
うーむ。
日常のゴミを捨てるのにこんなに大騒ぎしていては、人生のゴミを捨てる時はどうしたら良いのだろうか。
ある時、怪獣が現れて、ウルトラマンがスペシウム光線でドカンとやった後の処理は、やはり衛生局がやっているのだろうか。
やだなあ。
魚の死骸がそこいらに散乱しているようなニオイなんだろうなあ。宇宙生物なので、様々な細菌も付着していたりしてな。
やだなあ。
まるで書きたい事と掛け離れてしまったのだが、まあ、いいか。
誰しも、一日は、24時間、という事を書いてみたかったのだが、も、イイヤ。
時間の有効的な使い方、とかいうのも書いてみたかったンだけど、もうイイヤ。
なにしろ、動く時計は遅れるのですから。
アインシュタインとつげ義春が合わさると怖いものナシだね。全く。
吉田戦車も『つげ好き』のようだ。
世代として『つげ義春好きのアインシュタイン好きの「ムー」も読んでいた』という人が社会に揉まれ、ショーコーやらサイババやらを通り過ぎ、現実世界と向き合う時代になってきているのだが、『大した事、ネエなあ』で終わってしまって、何一つ、新しいものを生み出そうとしていないなあ。
物質文明の終わりとしてしまえば、それで終わりなのだが、それこそが、実は、大した事では無いのかも知れない。
真実を見られる脳をもった人は、別に、物質文明という物は、『あればあったで良い』といった事なのか。
ワケわかン無くなってきたので寝ます。
ハード・タイムス・カム・アゲイン・ノー・モア
演奏して無いけれど、忙しいんですよ。色々。
来年の目標は『サワヤカに、ぼったくる』か?
フュージョン・ミュージックでも録音してみるか。
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