忙しいと心を亡くす
ドタバタ・ジタバタと日常生活やら社会生活などを営んでいると、自分の中の第一義、というものをキレイさっぱり忘れてしまい、目の前の雑用をこなしていく事だけで時間が過ぎていく。『音楽のあるべきカタチなぞより金だ仕事だ生活だあコラア。ブルースとはこのかあ?日常なのか?コノ馬鹿ヤローッ』ってな感じです。
まるで『雑用こそが、我が人生』、といったような感じだ。
こうして雑用に追われて人は死んでいくのでアリマス。
雑用とは何かというと『非クリエイティブ』な事で、人生の大半はこれに費やされてしまう。会社の仕事なんざ、雑用以外の何物でも、無い。
ナンでまた、雑用なんざしているのかと言うと、それで、喰えてしまうからなのだよ。悲しい事に。
結果、より良い暮らしを求めて、雑用の時間が増える。
そこで何かを見い出し、社会に貢献できる何かを作りたい人が社長になったりナンかになったりして、コケたりコケなかったりしている。コケるのが多数。
まあ『栄枯盛衰』と言われるものであって『小池栄子聖水』ではないのが救いなのだろうがナア。
ナンだそれ。
忙しい、という字は『心を亡くす』と書く。
『愛の無いセックス』と感じは似ているのだが、どうか。
違うか。
気持ちよければイイじゃない、というのはマア全くもってその通りなのだが。
忙しい時にヤル『投げやりなセックス』が良く無いのかしらね、今までの流れだと。
たっぷり時間をかけてヤラないと、って、もういいや。
忙しい時に発想を得る、という人は結構いて、それは多分、思い付きが大多数なのだろうが、それを膨らませる。脳が色々な所から情報を得ている状態だから、当然忘れている所からも、情報を引っ張ってくる。夢をたっぷりと見る事が出来る人は、その時点で情報がイメージとして蓄積されておるのでそれらを思い出す。その当時のナンやかやも思い出し気持ちが若くなる。
と同時に今現在の指向やら思考やら嗜好やらが頭をかすめ、『どーしよーっかナア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』などと悩むのです。
しかしながら忙しいので悩むだけだったりして。
ここいらは谷岡ヤスジですな。
悩んで、酒呑んで、寝て、また雑用の日々を送り、悩んで、酒呑んで、寝るのでアリマス。
心、ここに、アラズ。
雑用で、手いっぱい。
ワシ、器量が小さいのか?もしかして?
夢の機能として『願望充足』というのがフロイトではあるのだが、ワシの今日見た夢はそれはそれはヒドイ物で。
『自宅でロック・グループの演奏、女の子一杯のウチアゲ、その後、カー・チェイス、ギャラリー大勢』
ってどうよ。全く。これが、ワシの『願望充足』なのか?ええっ?フロイトさんよお。これで?ワシは、それでオッケーなの?ええ?オイ、コラ。フロイト。
まるで『物欲君』以外の何物でもないなあ。
・・・・・・・・・わかりやすーい・・・・・・・・・・
『肉、酒、女、音楽、車』
おーいおいおーい、もうちょっと、ナンか無いのかよ。
ちょっとしたアメリカンかしら。物欲君とは。『即物的なヤツ』とも言える。
だが
『コカイン・マリファナ・ハッシッシ・LSD』
などの夢は見ないので、別に必要として無いのだろうな。
『ブルーのボール・マイク(ダイナミック・マイクのファンタム電源付き)、PB
G4 15インチ、828 MK、ステレオ・プリ・アンプ、マイク・プリアンプ、コンプレッサー、DVDプレーヤー、ADAT、金、泡盛の一升瓶、ビア・サーバー、ソフト・オン・デマンドのエロ画像』
などの夢も見ないので、いらない、と現実では思っているのだろうな。
という事は、切実に、欲しいものでは無いのであろう。上記のものは。
『人の浸かれる、タイガーバームの瓶』
というのがあれば、ベスト。
銭湯に置かないか。人肌ぐらいで。
こっちは疲れてるんだよ。
大体がネ『夢にまで見る』といった思い込みのある品物が無いし。もう、無いのよ。
『ありゃあ、あったでイイが、別に無くても、構わない』これが若いモンだと『おまんこ』とかを夢で見てしまい精液をダラダラ流しまくる生活が月に一度はあるような無いような気もするのだがそこいらはどーなんだろ。夢に見ないなあ、『おまんこ』を渇望していないのが良くわかる。
逆に考えてみると、『ちんこ』を夢にまで見ている女の人や男の人なぞがいるのかどうかがよくワカラナイ。思春期なのか?
そーいった所に立ち寄ってナイ、というのもあるが。
例えば『御隠居のちんこが見たい!』『ハイ、どうぞ』といったオープンな関係がある、というか、それは、ワシだけなのだが、マア、別に見せても構わないのだが、そこまでいく葛藤というのかナンというのか、恥じらいなのか、社会的なものがあるのか、個人の『かくあるべき』といった内在性のこだわりとかがあるのかも知れないが。
『ちんこ、又は、まんこ、見せてよ』といったストレートな物言いは現代では通用しないようだ。
手練手管で行き着く所は一緒なのに、可笑しい話だなあ。
それを考えると、人はどうも『ちんこ・まんこ』では生きていないようだ。
『ちんこ・まんこ』の背後にある人間性、生活力、経済力、その他その他。色々ありなんす。それらが、複雑に絡み合い、『この、ちんこ・まんこは、ワタクシの希望する、ちんこ・まんこでは、無い』などと考え。
世の中では観念における『ちんこ・まんこ争奪戦』が繰り広げられているのでアリマス。
『別に、ワタクシは、ちんこ・まんこは、どうでも、良いのです。あなたと一緒に居られれば』
というのは『愛』なのかな。
『只、あなたと一緒にゴハンを食べたい』というのはアインシュタインの後期の頃の結婚に際してのプロポーズなのだが。
いやいやいや、大事だよね、これは。
『あなたと一緒にゴハンを食べたい』ですよ、アナタ。天下のアインシュタインが。
『動く時計は遅れる』のアインシュタインがですよ。
『何しろ、時代が悪いのですから』あ、これはつげ義春だ。
『実は、まだ、二階に住んでいるのです』あ、これもだ。
おお、12/25発売のアフタヌーンに描いてある『アゴゲン』で有名な平本アキラの描いている『俺と悪魔のブルーズ』がイイゾ。
クロス・ロードの話だ。
ロバート・ジョンソンの話か?
魂を悪魔に売り渡すかわりにブルースが凄くなる。
しかしながら、『ブル−ス=日常』という観点もあるので。
スデにワシは、『仕事の、クロス・ロード』に立ってしまったのかしら?
ヤだなあ、オイ。
毎日『ブルーズ』だど。しかも、年末だからして。これがマタ、スゴイ。困ったものです。
えー、知らない間に、『魂の売り買いをされている』ってのは、どんなモンでしょー。
困るよなあ。
・・・ブツブツ・・・あー忙しい・・・・あー、身体、イテエ・・・・
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