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怪しい話−23

「金太郎の罪と罰」

 日本の三大太郎は桃太郎、浦島太郎、金太郎らしいのですが、金太郎だけがその実在を確認されています。

 成長して、坂田金時(さかたのきんとき)と名乗り源頼光の四天王の一人となるのですが、例によって鬼退治(大江山の酒呑童子の征伐)でメジャーになります。

 頼光が金時をスカウトしたのは970〜980年頃のこととされ、長野県の金時山という説と相模国(岐阜県)足柄山(足柄上群開成町酒田→酒田金時はこの地名の酒田)という説などがあります。

 いずれにしても、山姥が育てて熊と相撲を取ったということになっていますから、彼のやったことは同族殺しの疑いが濃厚です。

 なんとなく、京都周辺で産まれ育ったような気がしますが、実際は関東武士のようで、当時はもちろん、少し時代が下がっても(鈴鹿を越えれば)鬼が住むような僻地の出身と考えられていたわけです。

 さて、金時の幼名は”怪童丸”で金太郎は時代が下がってのこととか、まるで関係ないが混同されたともいう説があり、実際、はっきりしません。

 もっとも、気は優しくて力持ちの金太郎こと金時は酒好きでのんべだったことが知られています。それが証拠にいつも飲んでいて顔が赤いことでも有名で、そこから赤色の濃い人参が”金時人参”と呼ばれるようになり今も栽培されています。

 昔話の英雄の中で、官職、俸給がある程度はっきりしているのが金太郎の特長で、「うる星やつら」で、”・・・けっきょくトップになれなかったんですね・・・サラリーマンの悲哀を感じる”と幼稚園児におちょくられる遠因となっています。

 また、”熊にまたがりお馬の稽古”という童謡でも知られていますが、このフレーズに感化されたのが、動物王国の畑正憲先生で、動物王国の前身、ケンボキ島の時代に”どんべい”を飼い始め動物王国の初期になって野心を成就させたことは”ムツゴロウの絵本”(現在は文春文庫、最初はちょっとした写真集)に詳しい。

 逆に言えば、小熊の頃から一緒に暮らしていれば熊と金太郎が毎日相撲をとっても不思議ではないような気になりましたね。あの絵本シリーズがムツゴロウ先生とのファーストコンタクトだっただけに今でも印象的ですな。

 結局の所、酒呑童子を騙し討ちにしたころが金太郎のピークで、それ以降は何度か人間との戦をしているものの全国区の物語とはなりませんでした。

 それゆえに、彼の晩年が今一つはっきりしていませんが、子孫を名乗る一族の方も実在しますので、それなりに上手くやったようです。

 もっとも、鬼の女を寝返らせて死地に送り込むは、騙し討ちにするために”人鍋”は食べるは、平気で寝首をかくは・・・、他にも鬼もやらないような悪辣な手管(彼らは軍略と言う)を駆使して酒呑童子達を虐殺した英雄なわけですから、死ぬまで鬼に付け狙われたことは想像できます。

 また、桃太郎と違って、酒呑童子の場合は、首だけになった酒呑童子が(少数になった鬼の集団が)京都に報復にやってきて果たせなかったという後日談がありますので、かなり実話がベースになっていると言えます。

 まあ、いずれにしても鬼を殺したのはやはり鬼だったという笑い話が金太郎で、仲間を殺しておいて口をつぐんで名を上げたのも金太郎ということでしょうか。

 もっとも、この金太郎の成功を参考にしたのか、鬼達も社会の中に紛れ込むようになっていくため、これ以降急速に歴史から姿を消していくことになります。

 金太郎の影響は、さらに時代が下がって、歴史上の悲劇の英雄にも受け継がれることになりますが、弁慶の場合も鬼の血が流れていたであろうことは武勇伝から推察されます。


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