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怪しい話U−411

「蝦蟇の脂」

 蝦蟇といえば児雷也の大蝦蟇蛙 ・・・ ただ、書いて置いてなんだが、蝦蟇が既に蛙なんだけどなとか思わないでもない。

 正確には、ヒキガエル科に属する両生類(10属250種ぐらいだそうだ)の総称が蝦蟇ということになるそうです。

 そんな中でも蝦蟇の代名詞ともいわれるニホンヒキガエルは、自衛のためか目の後方にある耳腺(じせん)からブホトキシンという神経毒を出すことでも知られています。

 湿った場所を好むようなのですが、繁殖期以外に水に入ることは希ですから、どちらかといえば陸生の蛙と言えるのではないかと。

 ちなみに、漢方薬の蟾酥(センソ)というと強心剤として使われることが多いのですが、中国産ヒキガエルの毒腺から分泌された液に含まれるブファリンやテロシノブファリンが主成分だそうです。

 濃度や配合の仕方によって、局所麻酔作用や興奮作用に使われることがあるのですが、無味無臭ということから忍者などが怪しげな薬の原料としても使っていたようです ・・・ 量が少ないため高価格で取引されていたようですが、他の漢方薬とブレンドしたりもされています。

 そうした背景があるためか、蝦蟇の脂といえば不思議な薬効があるとされ大道芸というか蝦蟇の油売りという商売がありました。

 なお、蝦蟇の”油”ではないんですか?と聞かれたことがあったのですが、理屈では脂汗ということになっていますから蝦蟇の脂ですが、商品として流通させるときには溶媒として油に溶かしていることが多かったので、蝦蟇の油でもいいのではなかろうかと。

 もっとも、蝦蟇の油本舗が1998年に閉店しているので、あまり意味のないアブラ論争だとは思いますから深入りはしません。

 基本的に、蝦蟇の脂というのは、筑波山麓に生息する特殊な蝦蟇蛙(がまがえる)から取れる摩訶不思議な脂のことで、切り傷などに驚異的に効能があるとされています ・・・ 事の真偽はおいておくとして。

 なぜに筑波山麓に限定されるのかは知りませんが、筑波山頂にある「ガマ石」など、その手の史跡には不自由しないそうです。

 とりあえず、筑波山麓に住む”四六(しろく)の蝦蟇”というのを首尾良く捕まえることができたらば、それの前に鏡を置き、蝦蟇が鏡に映った自分の姿の醜さに脂汗をたらたらと流すのを待って、それを採取すると蝦蟇の脂のできあがりということのようです。

 売り口上によれば、筑波の四六の蝦蟇というのは、前足の指の数が4,後ろ足の指の数が6ということのようですが、実際にそうした蝦蟇がいるかどうかは知りません。

 もっとも、実際には蟾酥(センソ)の加工品が蝦蟇の脂とされた時代が長かったようで、蟾酥には強い局所麻痺作用の他に、外用したときの血管収縮と抗炎症作用が認められていますから、傷口を保護する溶剤の油の作用も加味して考えると、当時としては画期的な止血薬だったと言えるのではないかと ・・・ さもなければ延々と売り続けることができなかったでしょうしねえ?

 時代劇でもおなじみの蝦蟇の油売りの口上というのは、一定のパターンがあるのだそうで、

「さあさお立ち会い。ご用とお急ぎでない方はゆっくりと見て聞いておいで。」「遠出の山越し笠の内、聞かざるときは物の黒白、善悪がとんとわからない。山寺の鐘がゴーン、ゴーンと鳴るといえども、童(わらべ)きたって鐘に撞木を与えずば、とんと鐘の音色がわからない。」「さてお立ち会い。手前ここに取り出したるは陣中膏蝦蟇の油。」

「蝦蟇と申しましてもただの蝦蟇とは蝦蟇が違う。関東は筑波山の麓、オンバコという露草を食って育った四六の蝦蟇だ。」「四六と五六はどこで見分ける?前足の指が四本、後ろ足の指が六本、併せて十本が四六のガマ。」「山中深くに分け入って捕らえたるこの蝦蟇を、南蛮渡来の四面ギヤマン(ガラスの鏡が内側全ての面に貼ってある)の箱に入れると、蝦蟇は己の醜い姿が鏡に写るのを見て吃驚仰天、タラーリ、タラーリと脂汗を流す。」「これをすき取り、柳の小枝で三七、二十と一日、トローリ、トローリと煮詰めてできましたるがこの陣中膏蝦蟇の油。」

「蝦蟇の油の効能は、ひびにあかぎれ、しもやけの妙薬・・・まだある。出痔、いぼ痔、はしり痔、はれもの一切、そればかりか刃物の切れ味も止める」

「取り出したるは夏なお寒き氷の刃!さて、ごろうじろ。一枚の紙が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三十と二枚、三十二枚が六十四枚、六十四枚が一束(百)と二十八枚。これこの通り、ぶわっと散らせば比良の暮雪は雪降りの型〜」

 このあたりからが大道芸の真骨頂になるのですが ・・・

「さ〜て、これなる名刀も、ひとたびこの蝦蟇の油をつけたるときは、たちまち切れ味が止まる。押しても引いても切れはせぬ ・・・ と言うても、なまくらになったのではないぞ〜。」「さて、お立ち会い!」「このように蝦蟇の油をきれいにふき取るときは、もとの切れ味に戻って、これこのとおり〜」

(このあたりで、実際に自分の腕に日本刀の刃を当てて切って血が出るところを見物客に見せるのが御約束事です。)

「この切り口に蝦蟇の油を塗れば、ほらこの通りぴたりと止まる〜」「さあてお立ち会い。蝦蟇の油の効能が分かったら遠慮はご無用。どんどん買ってお行きやれ〜」

で、後は紛れ込ませておいた数名の桜に口火を切らせれば ・・・ といった光景が蝦蟇の油売りとして知られていたわけです。

 もちろん、動脈や神経などめったやたらなところを切れば霊験あらたかな蝦蟇の油といえども出血死したり傷害が残ることは言うまでもなく、その意味で、危険術の一種が蝦蟇の油売りということになります。

 冷静に考えれば、1日に2回こうした演目をやったとして、200日やれば腕に400カ所の切り傷ができるわけですから、5年で2000カ所とか考えれば、一生コレで飯が食えるような芸ではないことがわかるかなと。

 ちなみに、切れ味の良い日本刀で腕に対して90度の角度で刃をあてて浅く皮を切った場合は、別に蝦蟇の油に頼らなくても切り口が勝手にふさがってしまうことがありますから、やはり芸に支えられていると私は思います。

 これが斜めに切りすぎると切り口がくっつきにくくなり、出血が止まりにくくなるのですが、この場合も、あまり深く切っていなければ致命傷になる事は無かったようです。

 いわゆる金蒼傷や火傷など、戦場における怪我に関する救命措置というのは止血を含めて武家にとっては一般常識だったこともあって、よりドラマチックに蝦蟇の油の効能を説明する演出に一役買っていたのではないかと私は思います。

(2005/11/28)


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