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「非常食」 非常食に関しては、まず”エクセルサーガ(六道紳士)”のアイドル犬であるメンチを思い出すのですが、生きている動物というのは生きている缶詰と言えなくもありません。 実際、ジンギスカンの時代に本格化したモンゴル騎馬民族の世界制覇において、その戦場における食料のかなりの部分を羊が占めていたのは歴史的な事実です。 ある意味で、遊牧しながら世界制覇をなしとけたわけで、自分の脚で移動する食料を完備していたからこそ長距離の遠征が可能だったとも言えるわけで、これが例えば日本軍だったりすると米俵を担いで遠征することになり食糧の補給やその調理に使う水と燃料の確保だけで遠征が頓挫しかねません。 日本の軍隊ないし旅人が食べていたとされる干飯(ほしいい)などの加工された非常食というのは実のところ例外的な代物で、いかなる場所に置いてもどうにかして米を炊いて(あるいは蒸したり煮たりして)食べようとする傾向がかっての日本人にはあったようです。 幸か不幸か、玄米というのは完全栄養食品に近いところがあって、それこそ後は水と塩とビタミンCくらいを追加すれば十分なので、塩漬けの漬け物の類が普及したところがあります。 考えてみれば、どこでも米を炊きたがるというのも困ったモノで、いわゆるレーションに代表される軍隊の飯においても、飯盒炊飯が普及するなど、本気で戦争する気があるのかどうか疑う選択を大東亜戦争当時でもかなりしています。 つまり、同じグラム数で栄養補給をするのならば乾パンなどを採用した方が食事に必要な資材が節約できる上に調理の手間暇もかなり省けることは分かると思うのですが、なぜか米を炊きたがっているわけです。 特に戦線が拡大すればするほど、最前線は補給本部から遠くなるわけで、最前線までの距離が遠くなると、そこへ物資を運搬する部隊が消費する燃料や食料も増加するため、前線まで300キロの米を届けるために補給部隊が往復で500キロの米を食料として必要としたという事も起こりうるわけです。 それはともかく、現時点で日本人が考えなければならない非常食というのは、災害時の非常食が筆頭にくるわけですが、現実問題として、大規模地震や大型台風などの自然災害で公共の施設に逃げ込んで配給の援助物資で飢えを満たす光景を目にすることが珍しくなくなってきています。 この場合も、例えば袋に入った(菓子)パンの類だと製造してから数日は賞味期限が常温で確保されるのですが、これが米のおむすびとなると、夏場だと作ってから半日も経過するとかなり危なくなっていまいます。 それでいながら、こうした援助物資で飢えを満たした人達の最大公約数的な意見は”暖かいものが食べたい”とか”(温かい)御飯が食べたい”とかいったもので、カロリーや栄養素的に同等だから乾パンや菓子パン、調理パンの類で良いとする人は少数派になります。 もっとも、1970年代以降に産まれ育った世代となると、それ以前の世代と異なって必ずしも米でなければいけないとは限らず、それこそ、ハンバーガーやスパゲティの類で十分だという人の割合が多くなります。 ・・・ ただ、温かくなければ駄目だとか、美味しくなければ駄目だとか、同じメニューが続いては駄目だとか、おおよそ非常時というものを理解していない阿呆な発言をする人の割合も多くなるのですが(笑)。 日本における非常食の代名詞となっているカップ麺などは、乾パンの類と違って、このあたりをある程度満たしていて、それこそ”お湯を注ぐだけ”で国民食とも言われるラーメンが食べられる事で支持する人が多いジャンルになっています。 近年は、レトルトの具袋を添付して従来のカップ麺と比較すると豪華な、普通のラーメン店で出てきてもおかしくないグレードのカップ麺が増加傾向にありますし、ラーメン、焼きそば、チャンポン、蕎麦、素麺、春雨麺、フォー、スパゲティなどなどお湯を注いで(ものによっては湯切りをして)3〜5分でほとんどの麺が食べられるようになってきていますし、味も年々改良されています。 栄養素の麺でも、カルシュウムやビタミンを強化したインスタント麺も登場しており、それこそ一つでレタス一個分の食物繊維とかいったうたい文句の商品も存在します。 こうなってくると、後はカロリーメイトのような総合ビタミンやミネラルの類をある程度安定して補給できる食品と組み合わせれば、まがりなりにも非常食セットが完成することになります。 考えて見れば、カップヌードルにカロリーメイトという組み合わせは、貧乏だった80年代オタク達が学生時代に開発したコンビネーションで、社会に出てからも”とりあえず飢えを満たして、そこそこに栄養バランスが取れる”ということで愛用する人が珍しくなかったというかないコンビネーションだと言えます。 もちろん、時代は移り変わって、マルチビタミンやマルチミネラルといったサプリメントの普及は、カップ麺+サプリメントという組み合わせを普及させることとなり、健康なんだか不健康なんだかわからない食生活が若い世代に蔓延することに一役かうようになっています。 ”栄養補助食品としてサプリメントをちゃんと飲んでいるから大丈夫だと思います!”と真顔で言ったので”・・・で、サプリメントに補助される食品としては何を食べているんだ?”と思わず聞き返したこともあったりします。 非常食というのは、延々とその食事を続けるのではなく、短期的に急場を凌ぐための食事という意味合いが強いのですが、なんともうしましょうか、既に毎日の食事が非常食状態になっている若い衆というのはさほど珍しくありません。 その顕著な例が、野菜の摂取量でしょうか?”お昼御飯にミニサラダを食べたから野菜もばっちり!”とか言う手合いにも不自由しないのですが、最低で1日350gの野菜摂取が目標とすると、せいぜい50〜100グラムがいいところの付け合わせのサラダのどこが十分なのかなと。 もっとも、私にしたところで、そんな多量の野菜を毎日摂取するのは事実上不可能なので野菜ジュースでごまかしていますから、非常食でないきちんとしたバランスの良い食事なんてものを恒常的に摂取できる人というのは金持ちのセレブ(とその子弟)しかいないんじゃないかなと。 つまり、まともな食事をしているつもりでも、平均的な日本人の食事というのは既に非常食で綱渡りをしているような状況になっているんじゃなかろうかと思うわけです。 そういえば、和食が体に良いとかいって持ち上げる人が珍しくないのですが、敗戦直後の日本人でさえ現在の倍以上の米を食べていて、江戸時代だと3〜4倍の米や雑穀を食べていた計算になることを考えると、それが理想的な食事だったとしても私には無理です。 というか、現在よりも平均寿命が短かった頃の食生活というのは本当に体に良いと言い切ることができるかどうかが疑問なのですが、そのあたりの厳密な調査が行われて統計学的に有意な差があったかどうかは寡聞にして知りません。 それ以前に、体には良いけれど不味いものを食って100才まで生きるか、体には悪いけれど美味しいものを食って70才くらいで死ぬか、どちらかを選べと言われたとき、不味いものを食べてでも100才まで生きたいという人というのはそんなに多いものなんでしょうか? 日本古来からの代表的な非常食といえば”餅”なのですが、餅にしたところで、専用の餅米の栽培から話が始まりますし、餅が必ずしも体にいいとは言い切れないところもあります ・・・ なによりも、高齢者の死因に”餅をのどに詰まらせて ・・・”というジャンルがあり、毎年コンスタントに人死にが出ています。 食べて死ぬべきか、食べずに死ぬべきか、そこが考えどころということでは、かなりの数の日本人が毎日のように非常食しか食べられない状況で生死の境を生きているのかもしれません。 (2002/01/26) |