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「怪 僧」 怪僧といえば、日本史では弓削の道鏡や天海僧正などで、世界史ではロシアのラスプーチンである。 もっとも、どの宗派であれ世俗の権力を手にすると、それこそ例外無くろくでもないことをやっていて、言っていることとやっていることが違うというのは良くあることである。 従って、怪僧というのは、既存の宗教団体を代表していない”はぐれ狼”のような存在であるときに冠される称号であると言えるのかも知れない。 本来の機能を宗教家が果たしていれば、彼らが突出することは不可能なわけで、彼らが出てくると言うことはその他の宗教家も堕落していた時代ということは確かである。 実際には、称徳天皇には道鏡くらいしか相談できる相手がいないほど孤立していたというのが実状のようで、日本で女性が権力を握るとそれを追い落とす側の手口は例外なく陰湿になるという一つのパターンかもしれない。 陰湿といえば淀君(?〜1615 豊臣秀吉の側室。浅井長政と織田信長の妹、お市の長女で秀吉の側室。豊臣秀頼の母)で、勝たなければ、生き残らなければ一方的に無茶苦茶に勝った側から言われ続けるという典型例になっている。 やったことを客観的に分析していけば、二重に主筋の血統にあたる淀君一派を根絶した徳川家というのは下克上の典型的な戦国大名ということになるのだが、そのあたりをうやむやにするためか必要以上に悪役にされている。 このあたりが、天海僧正(1536-1643 会津出身といわれる比叡山天台宗の僧)の策略なのかどうかは定かではないが、明智光秀(1528-1582 山崎の戦でやぶれ、敗走中を殺害された。<修羅の刻13巻目:川原正敏>)の天海僧正説(宗像教授伝奇考:星野之宣:潮出版)が囁かれるとき信憑性をおびてくる。 これが世界となると、西太后(1835〜1908 中国、清朝第9代皇帝咸豊帝の側室、第10代同治帝(載淳:さいじゅん)の生母。1860年代から40年余にわたって、事実上の女帝)やらエカテリーナ二世(Ekaterina II Alekseevna:1729〜96:ロシアの女帝:在位1762〜96年)のようにスケールがかなり違うので追い落とそうとした側が一族郎党もろとも根絶されている。 ところで、ロシアのプーチン大統領はラスプーチンの孫だという話を聞いたことがあるのですが、これが本当ならたいしたもんだなあと。 それがどうしたといわれても困るのですが、ラスプーチンが1917年のロシア革命と帝政崩壊の徒花といわれる怪僧だけに意味深です。 欧米では、Grigorii Efimovich Rasputin (1864か65〜1916)と書かれているようですが、農民の子として、シベリアのポクロフスコエで生まれています。 1901年ごろ、自称・宗教家となったようですが、宗教家というよりも祈祷(きとう)によって病気をいやす超人としてあっと言う間に有名になっています。 1905年ごろ、首都ペテルブルグに出て、宮廷に出入りするようになり、血友病の皇太子アレクセイを救ったことで、皇后アレクサンドラの信任を得たとされます。 1914年に第1次世界大戦が勃発して、皇帝ニコライ2世が前線に出ると、ラスプーチンは政府内で決定的な影響力を行使するようになったのですが、これに反感を持った貴族の一団に暗殺されます。 貴族の一団は、1916年12月29日深夜、ラスプーチン暗殺を決行したのですが、このとき最初の食事の毒では死なず、心臓に銃弾を数発撃ち込んでめった刺しにしても息があったので、氷の張った噴水の中に投げ込んでとどめを刺したともいいます。 ラスプーチンの政治能力はともかくとして、超人性やら神秘能力には定評があったらしく、まるで不死身に近い魔物を殺すように徹底しているあたりに彼らの恐怖がかいま見えます。 (2002/09/03) |