SITE_MAP
怪しい話−387

「読心術」

 テレパスは七瀬のように相手の心を読む超能力者のことですが、論理的に相手の心が読めないか?と考えた人がいます。

 例えば、心理学を応用することで、相手の行動から心理状態を分析することはある程度可能です。

 となると、服の色、化粧の仕方、髪型、靴の状態といったことや体型などなど視覚や嗅覚の情報でかなりのことが”読める”可能性があります。

 ようするに、ホームズのような探偵が日常的に行っていることが読心術のベースになりうるわけです。

 そんなことが可能かといわれると、100%というのは無理だけれど、60%くらいは次の行動が予想できるだろうなあとは思います。

 このあたり、武術的には気配術とも絡むのですが、獲物を追いつめていく過程で次の行動を予測するというのは昔は日常的な事だったわけです。

 したがって、読心術というものも、異性をハントするのを生き甲斐にしている連中は大なり小なり体得しているもので、珍しいものではありません。

 ただ、”勘の良い女は幸せになれない”という名言があるように、見て見ぬ振り、気づいて気づかない振りができてさらに一枚上を行くのが王道とされます。

 つまり、読心術を使った上で読心術を使わないという高等なテクニックが実際には必要とされるわけで、本当に必要なときにはあまり役に立たないというのが結論になるようです。

 いずれにしても、相手の心が読めたところで、相手が自分のことをどう思うかがコントロールできないと不満は改善されないわけですが、そのあたりが分からない人も多々おいでのようです。

 結局の処、思いこみの強い人の方が幸せな人生(?)を歩むわけで、”盲人蛇に怖じず”という格言があるように、知らないことは幸せというのも一面の真理でしょう。

 よく、変わりやすいものとして”女心と秋の空”とか”女心とガニメデの空”とか言いますが、相手を読み切ったと思っても次の瞬間にはころっと変わることがあるのが人間の心理というものかもしれません。

 ただ、読心術というのはどこまでが術で、どこからが思いこみかわからない部分があります。

 もちろんこのことはテレパス能力に関しても共通することで、本当に他人の思考が読めているのか自分の妄想なのかはおそらく永遠にグレーゾーンです。

 従って、こうした能力の持ち主はその感覚が鋭敏で有ればあるほどそうした能力を使う必要のない時のコントロールが難しくなります。

 このあたりのことは、幻魔大戦(平井和正)でルナ王女を筆頭に何人かのエスパー達を描写するにあたって幾つかのパターンで描かれています。

 つまり、人の心をどのような形であれ読んで誘導する場合、相手とシンクロしてしまうわけで、相手がブルーなら自分もブルーに、相手が好戦的なら自分も好戦的になるわけです。

 もともと好戦的な人が好戦的な人の影響を受けてもこたえないでしょうが、臆病でびくびくしやすい人の場合相手の心理状態に圧倒され自我に影響を受けるケースがあるということです。

 相手に対するシンパシーというのは諸刃の剣であり、優秀なテレパスや読心術師というものは自我崩壊の危険と隣り合わせにあると言えます。

 「夢の果て」(北原文野:早川文庫)に見られるようなエスパー描写というのもどんなもんだろうかとは思いますが、自分の意志の弱い人の場合は他人の意識に巻き込まれることがあり、そこから逃げるためにひたすら食べたり、アルコールや薬に頼ったりする傾向があります。

 読心術とか、テレパスとか大上段に構えなくても、空気を読むとか、顔色をうかがう場合の才能と考えるとわかりやすいのではないかと思います。

 人の心を読む必要があるのなら神様が大多数の人に視覚や聴覚のような形で与えているのではないか?と、私は思います。

(2002/12/27)


BACKNEXT