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怪しい話−584

「ハンザキ」

 井伏鱒二の名作「山椒魚」は頭の大きい人にとって身につまされる話であるが、この山椒魚は生命力が強く、体を半分に切っても生きていることからハンザキと呼ぶ地域もあります。

 というか、成長しても小形のものはサンショウウオ科で、大形のものはハンザキ科に属することになっています。

 ハンザキ科に属するモノが、大山椒魚なわけですが、これは生き残りさえすればですが、1メートルを超えて成長します。

 彼等は山奥の清流に生息することになっているのですが、河童の川流れよろしく河が増水したときなどに流されて捕獲されたりもしますし、田圃に入り込んだりもします。

 山奥ということでは定評のあった中国勝山時代に、勝山町の隣町である湯原町へはしばしば行ったのですが、湯原といえば温泉が有名で、当然温泉饅頭が売られていました。

 で、そうした温泉饅頭の一軒にハンザキ饅頭というのがあり、客寄せに1mを越える大きな大山椒魚(大山椒魚でも幼い頃は小さい・・・当たり前だが)を飼っている饅頭屋があったりしました。

 湯原町役場の近くに”はんざきセンター”や独楽の博物館など、観光スポット(?)があるのですが、湯原ダムで堰き止められた湯原湖の方が見応えはあるような気がしますというか、この界隈が一応、大山椒魚の生息地とされています。

 さて、その湯原町を流れる旭川には、巨大なハンザキが住んでいたという伝承があり、今なおハンザキの形をした山車が練り歩くハンザキ祭り(毎年8/8)の起源となっているそうです。

 場所は、旭川の龍頭の淵で、牛馬や人まで引き込んで呑んでしまったというが、今となっては定かではない。

 時に文禄初年、この大ハンザキを退治しようと、土地の三井彦四郎が淵に飛び込み退治したと言うが、退治されたハンザキは体長三丈六尺(10メートル余)、胴回り一丈八尺(約5メートル余)あったというから、いくらハンザキがのろまでもいささか怪しい。

 まあ、そのあたりのことはおいておくとして、話がもっと怪しくなるのは、退治した日から、夜な夜な彦四郎の家の戸を叩いて泣き叫ぶものが現れ、戸口に出ても誰もいないという不思議な現象が起こったあたりにある。

 結局、彦四郎一家は死に絶え、村内にも不幸が続いたため祠を建てて大ハンザキの霊を「はんざき大明神」として祭ったのですが、これがハンザキ祭りのルーツである ・・・ とされています。

 鳥目(夜盲症)の特効薬という噂もあるのですが、もちろんそんなわけはなく、のろまな両生類ですから見かけても虐めないでください。

 なお、特別天然記念物なので、野生のハンザキを捕獲して食べたりしては当然いけません ・・・ 少しパサパサした鶏肉だそうです。

 ちなみに、山椒魚も大きくなると、水田に入り込んでしまうと稲を荒らすため、獣害として被害報告に登場することがありますが、別に米が主食ではありません。

 山田ミネコのパトロールシリーズにイクチオステガが出てくるのですが、山椒魚は脊椎動物が陸へ始めて上がった頃のイクチオステガと構造的にはあまり違いがありません。

 両生類というものの、蛙のようにあちこちで姿を見ることができないのは、やはり動作が鈍くて肉がまずくはないというあたりに不幸の原因があるのでしょう。

 ちなみに、山椒魚の語源は、全身のイボイボから出る粘液が山椒の匂いがするためだそうですが、自分で薬味まで分泌しながら生き残ったあたりに山椒魚のたくましさを感じます。

(2003/07/03)


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