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ちょっと気になるあの…

道北ドライブ日記2003

 接続されたプラグを抜こう。右から左へニュースな日々が通り抜けて行くネットで繋がる情報漬け生活からオフラインな旅もいい。アンプラグド。水平線と地平線が広がる旅がいい。日本じゃここだけ。さあ一歩、北の大地へ足を踏み出そう。

9月24日(水)旅人は北へ

 旅人は北を目指すのである。北へ北へ。携帯電話もOFFにして旭川空港から旅は始まる。立ち上る十勝岳の噴煙を飛行機の窓から望みつつ、降り立った9月の北の大地は夏の名残を感じる日の高さと雲の流れなのだ。気温20度超。湿度が低いおかげでそよぐ風は秋である。汗ばむ額に心地よい。レンタカー屋さんのお姉さんは茶髪であった。アイシャドーも入っている。ちょい厚塗りのファンデーションの乗りがやや悪いかも。昨日の夜は夜更かししたのかな。う〜む、何だかなあ(^_^;)。そのままでも十分綺麗なのに飾り立てようとする…必要もないのに土木工事を延々と続ける道内国土破壊計画進行中の北の大地と重なってしまう妄想もチラッと浮かびましたが、一向に浮揚しない道内景気の重苦しさも…否定しきれぬ憂き世かな。『よそ者が何抜かすか』と一喝されそうだなあ。でもね。必要のない土木工事は欲しがる人だけを潤すが、それだけだ。護岸された川の顔と自然のまま流れる川の顔を見比べたことがありますか。破壊された川は釣り師とカヌーイストが最初に知る。のっけから重苦しいネタ振りしてますが、晴れ渡る旭川〜留萌間の青空に心も晴れ晴れと憂さを忘れ、BGMはビギンの『一五一会』でのんびりゆったりすっ飛ばすことにしました(写真はおびら鰊番屋からの景色)。

 道内の方は平気で時速100`オーバーでかっ飛んで行きますが、ワシらアナログおやじ旅はすっ飛ばす程度(^_^;)。遅くもなく早くもなく、そのうち地元民のゆっくり系ドライバーはホイホイ追い越す運転ペースになってしまうのは致し方なく、ペースに乗る前はなかなか近づかない留萌に思いを馳せ、曲がるべきところを通り過ぎないよう気遣いながらアクセルを緩めることなく、家から持参したスピード違反対策用レーダーの電子音に耳を澄ます数時間(ありゃ、もうデジタルかぁ(^_^;)。午前中に留萌着。昼食にはまだ早いし、天気もいいし、オロロン街道は空いてるし、鳶もクルリと輪を描いて飛んでるし…ブレーキは踏まないことに決めた。走ってると晴天なのに、フロントガラスに雨粒のようなカラスの糞のような濁った水滴がビシャビシャ降ってくるのには閉口。ワイパー掛けると粘り着くようにフロントガラスの視界を遮る曲者なのです。泥を含んだ海水の泡の部分が強風で飛ばされたのかとも思いましたが、内陸部に入ってもその現象は続いたので正体不明である。運転するにはうざったいぞ>これ。翌日のサロベツ原野あたりまで続きました。何じゃこれ。

 羽幌あたりで鮨でもつまむ予定を頭の中で瞬時に組み立て、ほとんど裏観光ルートに近い苫前『羆嵐』の舞台でもある三毛沢方面への標識を見つけるまでにそう時間は掛からなかった。今は『三渓』と呼び名を替えて苫前からさらに奥地の三毛沢を目指す。ベア・ロードなる九十九折りに細い道を羆の糞のように道々に落ちている泥の塊を避けつつ、地味めに時折現れる『三渓』標識を頼りに走る走る。意外な距離に驚く。羆が降りてきて海沿いに現れたら大変だってんで大騒ぎした当時、クルマで延々走る距離を羆が猛スピードで下れるんでしょうか? う〜む、これは素朴な疑問なのです。聞き覚えのある地名をどんどん通過し、やがて途絶えた舗装路から砂利道へ。再現された粗末な小屋と羆の上半身だけのオブジェ(^_^;)。柵から乗り越えようとしている巨大羆(写真)の下の方を覗いてみると支柱の鉄パイプのみってのは、ちょいと興醒めか。吉村昭『羆嵐』で被害者の骨をぼりぼり囓る音が聞こえてくるくだりはかなり衝撃的でしたが、鬱蒼と生い茂る木々の木漏れ日の下で惨劇の跡地を見るとタイムスリップしたような錯覚を覚えるのだ。これほどの奥地に生活の糧を求めた当時の入植者の艱難辛苦に思いは深い。

 三毛沢往復で思いの外時間を食い、すでに午後3時近く日は傾き掛けている。予定していた羽幌の鮨屋は午後5時開店なんだそうだ。そんなんじゃ間に合わないじゃん。そう、これから天塩中川のポンピラ温泉までひとっ走りして、夕方前には着いてひとっ風呂浴びてサッポロクラシックをぷふぁ〜と飲らねばならないのである。そのためにほぼノンストップで突っ走ってきたのである。羽幌炭坑跡のゴーストタウン見物は泣く泣く諦める。ここも結構奥地に入るので時間的に無理。道北のランドマークは距離感が道南の五割増しだわ。始めて行く方はご注意あれ。羽幌の道の駅にて。『生ウニ!』と堂々の幟が立っていながら入ってみたら「生ウニ丼は品切れなのよ、ごめんなさい」はねえだろ食堂に腹を立てる。仕方なくオロロン丼なる代替品で腹を満たす。朝イチでおかめうどん食って以来の固形物である。後はひたすら国道突っ走りタイム。迫り来る眠気をガムで追い払いつつ、ポンピラ温泉に着いたのは午後5時前後。夕暮れ近い公共の宿で一宿二飯の草鞋を脱ぐのである。公共の宿とは侮れない豪華版の夕食に舌鼓を打ち、公共の宿らしい中庭の意味不明のライトアップされたオブジェを眺めつつ就寝前にグビッと一杯。冷蔵庫は空っぽなので、自分で補給するスタイル。んでもって館内のビールは結構お高めなので、SEICOマートで缶ビールを仕入れることを忘れてはいけません。最近のホテルって皆このスタイルみたいですね。それ以外なかなか快適な宿ではある。道北方面を旅する方にはちょっとお勧め。ここでは朝晩鰊が出ましたが内地じゃ食えないこの味グ〜ですわ。

 本日の総移動距離303`。

 

9月25日(木)この道どこへ出るのかワッカンナイ、そりゃソウヤ

 二日目の行程は比較的楽チンなので駄洒落の一つも…ただ、カーナビ付きレンタカーはいいけれど、北海道走るのにわざわざ全国版載っけてるから地名索引もいちいち北海道から入れて行かなくちゃ使えないイライラN産純正カーナビなのだ。メジャー観光スポットから少しでも外れるともう応答無し状態。こういう融通利かなさ加減はN産ならでは。キューブのN産のコラムシフトATも慣れないから使い辛くって…ぶつぶつ。しっかも燃費が悪いのが致命的。せめてこのクラスはリッター20`前後は走って貰わないとレンタカーでは使えない。給油口も普通は運転席と反対側にあった方がずっと使い勝手が良いと思うけれど…上げればキリがない欠点を逆に楽しみつつ一路稚内へ。

 サロベツ原野の広漠たる風景(写真の人影も中国の方々)は内地ではまずお目に掛かれまい。あまりに広く同じ光景が続くサプライズ。某所で教えて貰った民宿『あしたの城』を探して迷い込んだ場所でネイチャーセンターと遊歩道を見付ける。飛び交う言語は圧倒的に中国語。おそらくは台湾。アジア系団体ツアー客が道北地区は物凄い数だ。旭川空港では国際線がひっそりと就航していた模様で(知ってる人は知ってるかな(^_^;)、中国語と韓国語で案内があれど日本語では一切触れていない搭乗口が存在する。こんな辺鄙な空港に直行便で来てるなんてちょっとビックリ。台湾の人たちは元気だ。遊歩道を端から端まで歩き回り写真を撮りまくり喋り倒す。まるで大阪人じゃないか(^_^;)。道北を走り回っていた観光バスはほとんど中国系だったかも。どこへ行っても彼らと鉢合わせである。中国語が聞こえないメジャー観光スポットはないと断言しておこうか。多分、道北だけじゃないよな〜。観光地自体もアジア系がじゃんじゃん金を落としてくれるのを期待して案内表示板から中国語は外せない。稚内じゃロシア語がメインだったけどね。

 どこが原生花園だか分からないまま、サロベツ原野を後にする。稚咲内方向へ行けば『あしたの城』があるらしいのだが、カーナビは逆方向を指し示す。昼前にはノシャップ岬に着きたかったので、「カーナビ優先」と同行者が宣う。海沿いルートを却下され山の中から一気に稚内市街へ。途中林立する風力発電の風車が回ってないってことは風がないってこと。市内は穏やかな気候で曇りながらも観光日和ってことか。稚内がおいでおいでと手招きしてるので、自然アクセルを踏むにも力が入る。ねずみ取りレーダーが突然鳴り響きまたアクセルを緩め、しばらくするといつの間にか巡航速度維持。ま、高速道路並みの速度と申し上げておきませう。一体、高速じゃクルマは何`ぐらいの速度で走っているのでしょうか。足寄出身の某政治家がかなり顔を利かせて道内あちこち張り巡らせた高速道ですが、採算は全く採れているはずもないっしょ。土建屋天国北海道だよなあ。

 一気に都会である。それまで通過した町とのギャップが大きすぎて呆然とする。ノシャップ岬まで市内を通り抜けるとそのまま内地の地方都市そのまま。相模原あたりとさほど相違はない。まだ半袖で十分だ。市民もそう。行く夏を惜しみつつすぐに秋を追い越して行く冬を迎える準備に体が順応する。市民病院の前を通り過ぎて、稚内公園入り口を過ぎてからやがて見えてくる自衛隊駐屯地。略章付けた門番がゲート前に数人並んでいたのは、お偉いさんの視察を受ける準備だったのか。大韓航空機撃墜事件の際、全てを傍受していたという例のレーダーサイトが左手に見えた(写真)。島影遙か樺太が手招きするほどに近い。乳首のように尖った山頂を雲が覆い隠し利尻富士はその偉容をチラリズムでしかご開帳してくれないのは困ったクンだよなあ(^_^;)。中国からのお客さんもまだ来てないノシャップ岬前の広場は、ただっ広くやたらめったら綺麗なトイレが中央にで〜んと鎮座ましましておりました。下手な土産物屋よりよっぽど綺麗な建物だぞ、これ。河口湖畔の釣り師専用トイレってば移動式の簡易汲み取り式だもの。この差は何なんだ(*_*)。さすが観光王国、北海道。観光に掛ける予算が山梨とは桁が違う。どこの食堂もガラガラなのをいいことに選り取り見取りである。ただし、ここって勘が外れたら目も当てられない。今度こそ生ウニ丼って勇んで幟の一番目立つ樺太食堂へ。「ごめん、今ウニあんまり採れないんだ」店主敬白。それでも真ん中のウニを囲むようにして東京で食うホタテの貝柱の2倍はあろうかという巨大なホタテの刺身に圧倒されたぁぁぁぁぁ。猿払産のホタテは日本一だとワシは思う。海産物だけで腹一杯なのにご飯大盛りサービスだなんて、北海道旅してる連中は一体何`太って内地に帰るんだろうねえ(^_^;)。ライダー御用達の店らしく一番いいの席はライダー指定席になってました。だけど、ライダーらしき青年は隅っこの方で大人しく食ってるので、ワシが堂々とその席を独占してしまったのでした。文句あっか。日没予定時刻が掲示してあるのは、ここの夕日がとてつもなく素晴らしいからに違いないと読んだのだが、如何せん、まだ午前中。さっさと市内へUターンである。

 空き地に堂々とそびえ立つ稚内全日空ホテルを眺めつつ、向かい側にある北防波堤ドームに張られたテント(写真に小さく見える)に暮らす旅人の生活の痕跡…鍋釜が無造作にテント脇に積み上げられているのを見て、ニヤリである。すぐ隣では『うま宗谷グルメ市』なるイベント中で食材ならここで何日分でも入手できるのである。生きたタラバガニがドーム内を散歩してるには大笑いである(^O^)。水槽から出して散歩させているだけかも(^_^;)。しっかも安い。美味そう。今夜の宿で炉端焼きを食う予定がなかったらタラバの足でも買って稚内公園で氷雪の門でも眺めながら貪り食ってるわな。すぐ隣りが利尻礼文へ向かうフェリー乗り場である。日程に余裕があれば利尻だろうが礼文だろうがウニを端から端まで食い尽くす勢いで上陸するのであるが、生憎と夕方までには宗谷岬に立つつもりなので、時刻表を眺めるだけである。それだけじゃ来た甲斐がないので即売のスポーツ紙を買う。「ごめんね。道新しかないのよ〜」って、おばちゃん。ま、道版が充実してるのはやっぱ『道新』か。サンスポを部分的に再編集して作ってるようですが、道版以外はサンスポと大差ない新聞がこっちで売れてるのは、やっぱし4頁も割いてる北海道情報なのでしょうねえ。某所でお勧め頂いた『お天気屋』でお茶するつもりでありましたが、覗いてみたら店の中にバイクが数台止まってる破天荒さ(^_^;)に同行者が拒絶反応を示したため、んじゃま、稚内全日空ホテルの喫茶ルームでコーヒー&ケーキ。リシリアン・カレーはまた今度ね〜。近所の土産物屋で猿払産の巨大なホタテとタコシャブは東京へクール便で地方発送。いや〜、便利になったもんだ。土産物は飛行機の中まで抱えて行かなくても済むのだから。しっかし、同じ送料払うのだったらインターネットで発注しちゃった方が手っ取り早いとも言えるか。現物見なくてもOKな品物ならその方が便利だもの。現に同行者は『六花亭』マニアなのであるが、今や発注は全てネットで済ましちゃうし、北海道来ても土産物屋で見向きもしなくなりました(^_^;)。でも、味気ないっちゃ味気ないッスね。

 宗谷岬のペンション(ここしか予約取れなかったのだ)に行く前に、ツアー客が絶対来ない宗谷丘陵に寄る。ヨーロッパの牧草地を眺めているような日本離れした絶景(写真より実物は数段いいぞ)である。牛って動かないままフリーズしてるからこそ絵になることを始めて知りました。下向いて草食ってるだけだもの。ここは宗谷肉牛牧場なのだそうだ。宗谷黒毛和牛が手つかずのまま、あっ、あそこにも!ここにも!未来のサーロインステーキがのんびり黒い点になったまま景色の中に溶け込んでおりまする。絵心があれば数時間でも絵筆を握ってインスタント芸術家を気取ってもいいけれど、絵の具より食い気(^_^;)。実は、バッテリに繋がれた電流柵で仕切られたスペースの中で強制的に大人しくさせられているといった裏側の事情も何となく見えてきたので、そそくさと丘陵を下り平和公園から宗谷岬へ到着。やっぱりいたいた中国のお方。声のオクターブが日本人よりちょいと上の方だから、良く透るんだよね〜。聞きたくないのに聞こえちゃう。ウルトラ俗っぽい宗谷岬の記念碑前にバス横付けで我先に記念写真取りまくり大会。最北端だからってここまで客に媚びる必要あるのかなぁ。こんなとこより大韓航空機撃墜事件を慰霊する祈りの塔に世界平和でも祈っていようか。宗谷近辺にお泊まりで夕食なし宿泊プランの方は、宗谷和牛のステーキを風車付きのレストランで頂けますので、こっちもお勧め。数時間後の炉端焼きコースが無かったらワシらも食ってたもの>宗谷和牛。泊まったペンションのユニットバスと壁及び天井の薄さがとってもナイスなお部屋をどうもありがとう。夜中に上の部屋の若夫婦のギシギシ床運動してるの下まで漏れ聞こえてきて「あへっ」。いや〜、こういう旅情も風情があってよろしいか(^_^;)。とほほ。

移動距離二日目171`。

 

9月26日(金)はた万次郎邸はさらに風化が進んでいたようで(^_^;) 

 今旅行中一番日程がハードゆえ、朝は早起き。天気予報を見るためにNHKをチェック。あれっ、燃えている。ガスタンクが炎上しているぞ。マグニチュード7だか8だか…アナウンサーがマジな顔でニュースを読み上げる。寝惚けてる同行者を叩き起こし、じっと画面に食い入る。天気どころの騒ぎではない。釧路だの十勝だのが大地震で壊滅状態? ちょっと待て。道路が陥没したり液状化したり夜行列車が脱線したり池田ワイン城のマスターボトルがひっくり返ったり…そりゃあもう大変なんだけど、ワシらの行く手にはさして影響がないことを知る。ラッキー。こっちだって揺れたんだけど気が付かないほど。旅行は続けられる。この日釧路空港(管制室の天井が落ちて一日使用不能になった)入りする予定だったツアー客にはご愁傷様だけれど、道北は大丈夫。この日の最終目的地である旭川は震度3だそうだ。

 ペンションの朝の食卓(朝からイクラが出て即席イクラ丼にして食いました(^o^)では皆ニュースに釘付けである。釧路方面に向かう方はかなり切実だよなあ。ワシらのルートは当初、宗谷から浜頓別〜クッチャロ湖で休憩予定だったのだが、天変地異かと思えるほどの集中豪雨で前もろくに見えない国道ゆえクッチャロ湖畔でも「雨しか見えないよ」と同行者。ウソタンナイ砂金堀りの看板も見えましたが、無視。トイレ休憩も最小限で一気に興部を目指す。トイレへ行くのに車から降りても土砂降りでびしょ濡れになっちまうのだ。せっかくのオホーツク海側の景色も台無しである。しっかし、この天気でも砂浜は竿の林立である。鮭釣ってるのかな。一人あたり竿は5〜6本見当だ。釣り師はクルマの中で竿に付けた鈴が鳴るのを待ってるだけ。待ちの釣りである。悠久の時間を存分に使えるリタイアした熟年釣り師にのみ許された贅沢(^_^;)。その後のニュースで豊頃町の釣り師2人が行方不明だって報道されたけど、彼らも同じく鮭を狙って津波に持って行かれたんでしょうねえ。十勝方面はかなりヤバかったみたいだ。マリーンアイランド岡島の道の駅でトイレ休憩で寄った食堂のおばちゃんは「今朝の地震でボイラーの調子がおかしいの」って店を空っぽにして右往左往だ。そんなに揺れたのか>ここ? 

 興部から内陸部に入るルートである。西興部に至る途中でいつしか雨は止み、どんより灰色の雲が覆い被さる鬱陶しいだけの天気に変わる。北海道は広い。海辺はまだ土砂降りだろう。こっちは晴れへと向かう天気だ。西興部あたりはJRがまだ走っていた頃それなりに栄えた町らしいのだが、JR民営化移行後廃線になり住民は流出し今に至るってことらしい。人影は見ないが町並みは垢抜けした地方都市のそれである。そのまま名寄に抜けるルートであるが、今回の大目的である漫画家はた万次郎画伯の住まう下川一の橋を実地に検証するのが本日のクライマックスなのだ。10年前に小田急沿線から下川へ。移住者の軌跡がそのままマンガになってる『ウッシーとの日々』『アブラコの朝』ほかで、はた氏というよりもウッシー・ファンであるワシらは当然のように一の橋で脇道に入る。マンガで見たはた邸よりさらに風化が進んだ一軒家が威風堂々とすぐに見つかりました(写真がはた万次郎邸?でしょう。玄関に犬マークが何枚も貼ってありました。作品中でも自宅写真が公開されているので敢えて掲載致しました)。ステーションワゴンが一台停まっていたのではた氏は在宅であったかもしれませんが、多分この時間は就寝中だろうと思い、写真を撮って退散致しました。隣りのおばちゃんが「また来たのかい」ってな顔してましたが、いや〜本物を見たって感じがいいね(^o^)。ウッシーも10歳以上だから犬にしたらお爺さんだもの。雪のない一の橋っていいね。移住してもいいかもって思うけれど、冬になれば一気に現実に引き戻されるのよね〜、北海道って。下川町のランドマークたる万里の長城(^_^;)を視察し、あわよくば五味温泉まで寄ってくつもりであったが、旭川着前にどうしても幌加内で蕎麦を食わねばならぬ。蕎麦粉生産日本一の幌加内に行かねばならぬ。旭川近くには古丹別って蕎麦どころも別にあるそうだが、脳内に『幌加内』って刷り込まれちゃってるから容易に変更が利かない(^_^;)。途中、道の駅でも『そばの里』なる手打ち蕎麦道場が食うなら来いって感じの店構えで我らを誘惑したが、ここはじっと我慢である。ネットでも絶賛の嵐である『ほろほろ亭』こそがキング・オブ・幌加内蕎麦なのだ。って、幌加内に入ったら蕎麦屋だらけで、隣席の同行者からの「ここも美味そう」攻撃にたじたじである。合い言葉は『バスターミナルを探せ』である。道の両サイドを蕎麦畑が埋め尽くす幌加内の町を彷徨くこと数分、呆気なくバスターミナル内のほろほろ亭を発見! ちょっと拍子抜け。午後1時半現在、限定100食の蕎麦とやらもまだまだ余裕がある様子。蕎麦粉100%の蕎麦(写真は大ざる)は確かに美味いけれど、今まで食った中で、新潟駅前で食ったへぎそばや足利の五色そばには遠くはないが近くも及ばないって感じか。まだまだ修行の途中。それでいいではないか。幌加内には蕎麦がある。決して観光ルートではないけれど、蕎麦食いたい人は確実にここまで食いに来ているのだ。雨の中合羽着てここまで辿り着いたライダーもいたぞ。旭川で海産物やラーメンに飽きて、蕎麦が食いたくなったら幌加内か古丹別へ行こう!

 旭川のシティホテルにチェックイン後、市内へラーメン食いに出掛けるのは当然でしょ。そのために来てるのだから。買い物通りを北上すると目指すラーメン屋『糸末』を発見。魚の出汁がよく利いた醤油だ。麺の茹で加減が未だ試行錯誤中らしくスープに絡みすぎて麺本来の味わいを阻害しておったわ。修行せよ>店主殿。アイスバーごっつぁんです。汗掻いた後に爽やかでした。マルカツ・デパートで買い出し。フルーツやら酒類をしこたま買い込んでホテルで貪るのである。全部持ち込みじゃん。ここのホテルもユニットバスで同行者は不満たらたら。とにかく狭い。旭川なんかに泊まるんだったら、ちょっと足を伸ばして白金温泉とか旭岳とか温泉ホテルを探す方が賢いと思うぞ。ワシらは金輪際、市内には宿泊しないと誓ったのだった(ま、夜遊びしたい方は別ですが…)。電話帳の広告でキャバクラ系が結構多くて彼女らの写真載っけてるんだけど、まあ、行ってのお楽しみ系ギャルがいっぱいでオジさんはしっかりホテルで睡眠を取ろうと思うのだ(^_^;)。

 移動距離三日目367`。今旅行中最長不倒か。

 

9月27日(土)望岳台は霧の中…あと一歩及ばず

 三日月ホテルは駐車料金を800円も踏んだくってくれたのにはビックリ(-_-)。宿泊者からそこまでぼったくるかって感じ。「だからシティホテルってプンプンなのよね」。もう来ないぞって再確認できただけでも収穫かと無理矢理思う。道北ドライブ旅最終日は市内をくまなく見聞したのち新規に旭川ならではのラーメン店を開拓する予定であったのだが、ま、時間もあることだし、数年前秋枯れのパッチワークだけしか見てない美瑛の丘陵でも「まだ緑は残ってる」この季節に見ておくのも悪かぁないぞって思い直したわけだ。しっかしまあ、高い料金ふんだくったホテルの朝のバイキングは並みだな。地方の温泉ホテルの朝食の方が数段美味いぞ。旭川は郊外に限る。ナナカマドの実が色づき始めた街路を南下する。

 まず、美瑛の駅前から始めよう。作り物めいた駅舎からして俗臭プンプンなのであるが、ハイカラな駅舎とホームの田舎作りの素朴さがミスマッチで実によろしい。厚塗りオバサンの地肌を見た思いってか(^_^;)。駅前の観光案内所で美瑛のガイドマップを入手。ケンメリの木やらセブンスターの木なんてのは取り敢えず見たことあるのでもういいのである。観光バスのいない美瑛の美しさを素朴に味わいたいっ! これである。リピーターが楽しめる北海道こそが本物の北海道なのだ。見たいものは自分で見付けよう。押しつけがましいパックツアーは一回体験してしまえば後は不要である。行きたい場所へ自力で行く。これが旅の基本だろう。

 とんがり帽子の美馬牛小学校の佇まい(写真)。我が子をこんな環境で育てたいと思う親御さんは星の数ほどいて欲しい。ゲームボーイなんかしてないで、鬼ごっこでもかくれんぼでも何でも来いのこの環境が塾通いでノイローゼ気味の青白い少年たちの特効薬とオジさんは単純に思い込んでしまうけれど、川で釣りして泳ごうと思ったら教育委員会だか何だかの出しゃばりオヤジが「ここは危ないから遊泳禁止」とか片っ端から君子危うきに近寄らず状態を演出してしまったら、街中に君子様が溢れ出し誰もが家に閉じこもる。そんな馬鹿な話があるか。子供は自分で始めて危ない思いをして今ここにある危険の許容範囲を知る。人を殴って鼻血を出したらこれ以上は止めておいた方がいいんだなと学ぶんだ。んで、北海道の大自然育ちの若者が上京して都会に即順応できるかというと、それはまた別問題だったりするところが都会のネズミと田舎のネズミの寓話通りの展開になることが往々にしてある皮肉なのだな(^_^;)。人というのは何色にも染まる。何色を選ぶかはその人の掴む未来とシンクロする。北海道の空はあくまで青いし雲は白くたなびく。東京の空は…さて、あなたには何色に見えますか。

 帰りの飛行機まで時間が余りそうなので、白金温泉から望岳台へ寄り道を企てる。前回は峠の積雪で諦めた十勝岳方面へのリベンジドライブ。秋色に染まった白樺街道の美しさよ。高度が増すにつれ雲が濃さを増し雨滴がフロントガラスを叩き始める。白金温泉ホテル通過。「今度はここに泊まろう」と言う感想が即座に出るほどのロケーションの素晴らしさ。秋が深い。霧も深い。望岳台まであと1`地点でミルク色した霧の先がまるで見えなくなり泣く泣くUターン。上まで上がっても霧で何も見えないんじゃ仕方ないッス。下れば美瑛から旭川までピーカンで、一気に旭川ラーメン村へ。『なきうさぎ』に同行者はいたく感激。魚臭くないスープが一般受けする美味さなんでしょうね。ワシはパンチの効いた『蜂屋』あたりのスープが好みなのだが、ラーメン村ではこんなもんか。今度来るときは『さいじょう』の塩を食ってやると固く誓いました(^_^;)。いや〜、美味そうでねえ、これが。行列作ってると並んででも食いたいと思うじゃない。実際は並ぶの嫌で敬遠致しましたが、時間帯ずらすと並ばないでも食える真空な時がポッと現れるものなのよね。

 夕方の飛行機までにはさらに時間が…。前回の旭川探訪では『三浦綾子記念館』へ2度も訪れましたので、今回はワシのリクエストで『井上靖記念館』。市郊外の瀟洒な建物がそれでした。入館無料。グッドです。パンフレットの代表作『しろんば』の誤植も見逃してあげよう。昔読んだ『夏草冬濤』やら『北の海』やら『氷壁』やら『おろしや国酔夢譚』の記憶が一気に甦って参りました。直筆原稿の几帳面さがこの作家の命だったのだなと数々の遺品を前に感慨深く佇んでいると、ご近所の老人ホームの団体さんがワラワラと殺到してきましたので、そそくさと我らは退散。無料の施設にはこういう団体さんが無理矢理連れて来られるようですな。この婆ちゃんたちホントに井上靖なんて読んでるのかって勘ぐりたくもなりますぜ(^_^;)。

 この日初めてのビールは夕暮れ迫る旭川空港でまず一杯目。ジャガバタの香ばしさとともに我が胃袋へ。旋回する翼の向こうに旭川の夜景が眩しい。函館やら藻岩山からの札幌の夜景と比べちゃうと派手さはないけれど、旅の終わりにしみじみと感じさせてくれるネオンに別れを告げ、深まる北海道の秋から一気にうんざり東京残暑ざんしょ。体内時計が東京タイムに巻き戻されちゃう現実にハッと我に返る羽田かな。洗濯物の山が肩にズッシリ食い込む旅の終わりでありました。

移動距離四日目152`。四日間総移動距離数993`。う〜む、1000`走破ならずかぁ(^_^;)。