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2001年度海外作品感想

 2001年も海外作品関連で充実した読書生活を送りたいものでありますなあ。新作もガンガン買い込んでますけど、読後感想は旧刊混じりになって遅れ気味になりそうですが、我がHP訪問者の皆様に於かれましては今世紀も引き続きご容赦のほどを。

題名:王者のゲーム 上、下巻 LION'S GAME 著者:ネルソン・デミル
出版:講談社文庫 2001年11月15日第1刷発行 訳者:白石 朗
価格:本体各1219円+税 極私的評価:★★★★

 天下御免の饒舌男、ジョン・コーリーが帰って来ました。その武器に数段磨きをかけて…(^_^;)。喋くり漫才師みたいなデカが主人公で、対テロリスト・スリラーなんて成立するの?って誰もが思うでしょうが、手に汗握っちゃう怒濤の1500ページに口先だけじゃ立ち向かえないのは自明の理。頭も腰も(^_^;)しっかり回転しまくりのハイパーテンション暴走特急オヤジ。いやはや面白本である。ただ、小説を超えた現実がツインタワーを消し去った悪夢にリンクしている限り絵空事ではないテロの恐怖に、個人の復讐劇に焦点が移ってしまいフィクションの方がスケールダウンしてしまう後半戦がちょいと惜しい気がする。アラブの根底思想をそのままストレートに解釈してしまったネルソン・デミルの失敗と言えるかも。現実のアルカイダの連中の『目には目を』は、その実『目には数倍の目を』って感じに憎悪のブロードバンドが雪崩を打ってNYに殺到したのだから。

 モテモテ中年男、ジョン・コーリー。五十男と三十女。いいのか、これでってぐらい微笑ましいラブアフェアが臆面もなく展開される中盤戦が、実は本作品の中弛みを救ってる点には誰も異論あるまいて。なんせ饒舌男の口を塞ぐには文字通り××するしかないのだから(^_^;)。お堅いFBI女捜査官が暴露するFBIの内情なんて抱腹絶倒ものだし、コーリー以下登場人物の造形が相変わらず上手い。アサド・ハリールというテロリストのキャラの建て方は小説的には至極真っ当なのだが、ただね、本当のテロリスト像をCNNなんかで垣間見ちゃうと、なんか違うんだよなって思わざる得まい。それほどのインパクトを小説世界観にも影を落とし疾走する現実の到達スピード。世界は動いている。小説はある時代ある場面を切り開いて見せてくれるだけに過ぎない。深刻に考えて読む作品ではないけれど、登場人物たちが貿易センタービルを見て交わす会話に慄然とする。『いまでもビルはまだ、ちゃんと立っているかな…』。

 周辺ではまだ人気度でイマイチなネルソン・デミルでありますが、本作品は売れているようでもありまずは目出度い。上、下巻で2500円超えちゃうので、ほとんどハードカバーと値段的には変わらないってのは鼻白むけれど、文藝春秋から版権ぶん取った講談社が様子見で文庫で出したのは見え見えですな(^_^;)。今まで地味めだった文藝春秋を超える物量作戦で宣伝しまくるべし>講談社。デミルはもっと日本で売れなくっちゃいけない作家ですぞ。この時期の出版で『このミス』は捨てた潔さに免じて、本作品を我が2001年度海外ミステリベスト3に入れておきましょうか。ところで、この作品の続編は出してくれるのかな>ネルソン・デミル殿?(2001年11月読了)

題名:アトランティスを発見せよ 上、下巻 ATLANTIS FOUND 著者:クライブ・カッスラー
出版:新潮文庫 平成十三年十一月一日発行 訳者:中山善之
価格:本体各705円+税 極私的評価:★★★

 いやはやダーク・ピット・シリーズも第15作目にまで巻を重ねたか。よくもまあ、同じ主人公で飽きもせず書き続けられたものだと感心せずにはいられない(^_^;)。地球規模の未曾有の大危機が15回も勃発し、いずれもピットやらジョルディーノたちが胸の空く活躍で悪党どもを薙ぎ倒し世界に平和をもたらすのであった。パチパチパチ。

 う〜ん、もう正直言って読むの疲れちゃったんだけど…(^_^;)。これだけの大ネタを毎回仕込むクライブ・カッスラーの剛腕ぶりには脱帽ですが、ピットの冷酷非情ぶりが最近鼻についてきたって言うか、問答無用で撃ち殺す彼らのメンタリティに付いていけなくなりつつある部分があったりなんかして。悪党だから殺すその単純明快さが複雑系の今日にそぐわない気もするわけで、戦争態勢突入で米国では単純さに回帰しつつある国勢に戻り掛けてる昨今ですが、予定調和の波瀾万丈なんて読者もそう簡単に受け入れてくれる時代ではなくなったってとこでしょうか。

 ま、初めてダーク・ピット読むなんて方はまずいないでしょうから、貌が見え始めたダークの変化ぶりをニヤニヤしながら読むのはシリーズ読者の特権っちゅ〜わけだな。特にラストでのジョルディーノとのダブル××なんて、続刊での冒険行に歯止めが掛かっちゃうなんて危惧もあったりなんかして(^_^;)。都合良く現れるクライブ・カッスラー自身、今回も物語の鍵を握る人物として堂々と登場しましたなあ。ほとんどギャグじゃん。でもまあ、数年に一作だからって許されちゃうファン事情。ロングライフ・シリーズ作品の強み=寅さん的なノリで読む冒険小説。だから次作が出版されたら、文句ブツブツ言いながらも思わず手に取ってしまう自分が予想出来てしまうのだな。(2001年11月読了)

題名:捕食者の貌 SCAVENGER 著者:トム・サヴェージ
出版:ハヤカワ文庫 2001年8月15日発行 訳者:奥村章子
価格:本体880円+税 極私的評価:★★★1/2

 ウルトラ級のどんでん返し。サイコサスペンスってのはかくあるべしって言いたいところであるが…超絶技巧プロットが逆に違和感をもたらす元凶であったりする皮肉(^_^;)。驚くのは一瞬。本格推理系の不可能トリックを無理矢理味わされた読後感にも似た、トリックのトリックによるトリックのためのプロットが許容限度をオーバーメーターしてしまうのよね。作為を超える主人公もしくは犯人の圧倒的な存在感こそがサイコサスペンスの王道であると勝手に考えているので、作り込まれすぎた殺人鬼『ファミリーマン』の奥に隠された二転三転する『捕食者の貌』が見えて来ないまま、クライマックスを迎えてしまうのが難点。暴き出された真相すらもリアリティを著しく欠くアンバランスさ。一種ビックリパーティーじゃん(^_^;)。でもまあ、それなりに楽しめたのも事実。肩の力抜いてB級娯楽作品として読めば、なかなか捨て難い魅力も…。

 食う者と食われる者。途中参加した主人公であるマークと捕食者の関係が入れ替わり立ち替わり複雑なプロットになるように仕組んだのは作者のお手柄である。こんなの考えるのは本格畑から来た人じゃないと、ねえ…ディクスン・カーっぽいところも大ありだもの。途中から加速装置がスイッチオンされて一気呵成のゲームオーバーまで、ほんと映画向きと言えるかもしれない。それも監督の演出次第って留保付きだけど…。翻弄されるヒロインが色添えとして費やされた描写も出色。往復ビンタ食らったみたいに、「なぜ、どうして」次から次と暗転する自我が崩壊して行くほどの悪夢の過程が、たまらなくスリリングではあるぞ。S系読者にはスカベンジャーとファミリーマンに感情移入して楽しんで貰いたいものである(^_^;)。(2001年10月読了)

題名:カリフォルニアの炎 CALIFORNIA FIRE AND LIFE 著者:ドン・ウィンズロウ
出版:角川文庫平成十三年九月二十五日 初版発行 訳者:東江一紀
価格:本体952円+税 極私的評価:★★★★

 『ボビーZ』以来のウィンズロウ節の冴えは訳者の東江一紀の名訳に因るところが大きいと思うのだ。刻み込むスタイリッシュな文体と詩的なリズムの新鮮さが読者を惹き付けて離さない。ジャック・ウェイドというキャラを形作る行動律との心地よい連動。誰もが気に入る主人公。そのストイックさがまた読者の琴線に軽く触れてくるタッチ。繊細さがウィンズロウの作品の売りにもなってるけれど、一本筋の通った硬派ストーリーでもある。消防学校でのサブストーリーでホップ。保険業界の内幕暴露でステップ。カリフォルニア全体を巻き込んだ大炎上でジャンプして火と命の問題に決着を付けるストーリー展開の妙。ま、敵役にロシアン・マフィアを絡ませたのは流行に乗っかりすぎではないかなと小首を傾げるほどではないよね(^_^;)。

 ニール・ケアリー君と共通するキャラの仕上がりがいつも一緒じゃんと気に障る方もいるでしょうが、ウィンズロウはこれでいいのである。爽やかクンが出て来てナチュラルライフを満喫しつつ、毎度舞台設定に工夫を加え流麗に事件を解決する。毒気なんてさらさら無い主人公の平坦さが導き出されるのは、作者の編み出した詩的文体の限界点なのかもしれません。ま、ねっとり濃厚悪役気配ってのが欲しければ、ウィンズロウの部屋から出てゆくべきなんでしょうね(^_^;)。悪役だって一種スタイリッシュに見えなくもない。ニッキーの物語。ジャックの物語。成長の記録。二人が相見えるまで絡み合う先の見えないストーリー。仕組まれた陰謀のスケールに「おお」と唸りましたね。

 ウィンズロウって文体がカメレオンのように変わるけれど、根底にあるのは詩人の血だと思うのよね。無駄な物を削ぎ落として行くと辿り着く先は最近の著作群なのであろうか。散文的すぎて物語的興趣を削ぐような作品を生み出す間抜けな作家ではないウィンズロウゆえ、『炎の言葉を知る男』ジャック・ウェイドを生み出した『小説の言葉を知る男』ウィンズロウたる新作を期待したい。『ニール・ケアリー』シリーズ最新作って本書より発表年月日は先でしたっけ、ねえ。爽やかニールって捨て難い魅力なのよね>東江さん、次作も早いとこよろしく(2001年10月読了)

題名:ステルス艦カニンガム出撃 Choosers of the Slain 著者:ジェイムズ・H・コッブ
出版:文春文庫1999年12月25日 第4刷 訳者:白幡憲之
価格:本体781円+税 極私的評価:★★★1/2

 近未来軍事冒険小説の拾い物でありますな。一般ミステリファンには、タイトルの付け方で損してる部分もなきにしもあらずってとこもあるけれど、軍事物ファンにとっては、こういうタイトルの方が「おお、ハイテク軍事巨編!」ってな感じで内容如何に関わらず確実に反応するので(^_^;)、出版者側の狙いとしてはエグゾセ級の命中率ってことになるのであろうか。筆者が積ん毒本にしたまま2年間も放置してあったのは実はそういう理由による。軍事スリラーって素人には取っ付きにくいじゃん。しかも近未来のハイテクでっせ。SFもどきが出てくるだけでウンザリしちまうので、ああでもないこうでもないといろいろ理由を付けて読むのを先送りしてたのが…ところがどっこい、大いなる損失であったことに気が付いた2001年夏であった。そうなのよ、ハイテクだけでは生き残れない。見えない駆逐艦の乗組員が織りなす人間模様が、読者のレーダーにはビンビンに反応してくれるのよね〜。版を重ねて4刷ってことは、それだけ目利きの本読みに支持されてるって証拠だもんね。

 ビーチでナンパされちゃう女艦長ってのが、実にうまいこと読者の度肝を抜いて掴みはOK状態ですなあ。仮にも米国海軍の精鋭艦がまだ若手の女艦長に指揮されてる事実に近未来である背景を投影されていて、今までの軍事物とは一線を画す作品になる予感を孕んだキャラの立て方である。最初っから肝っ玉母さん状態ではない女艦長の成長物語である点もプラス。補佐する女情報担当士官もなかなかイカしてるし、おまけに新任の航空部担当士官が実は…艦長とチョメチョメしちゃうし…(^_^;)。集団合議制に近い指揮系統もなかなか興味深いし、最終決断を下すアマンダの採用する作戦の妙とハイテク兵器の威力を存分に味わうべし。

 これだけ電子戦が進んだ軍事ステージで、ステルス航空機があるのだからステルス駆逐艦があっても不思議ではない。冷戦終了後の仮想敵国を探すのに苦慮するのは軍事スリラー作家の常ではあるが、コッブが選んだのは、フォークランド紛争以来のアルゼンチンであった。粒は小さいけれど地域限定紛争と割り切って考えれば納得の選択かも(^_^;)。ステルス性能を実証しつつ、最新兵器の性能がベールを脱ぐのに最適の舞台が極寒の南極。冒険小説の常道ですねえ。ま、確かにクランシーの迫真性とマクリーンの子孫たちが繰り広げる海洋冒険活劇とも言えるでしょう。電子戦も所詮は人間が判断を下さなくきゃドンパチは始まらないってとこが、冒険小説書きの遺伝子をしっかり受け継いでるんじゃないでしょうか>ジェイムズ・H・コッブ。要マーク作家ですぞ。(2001年8月読了)

題名:ウェットワーク WET WORK 著者:フィリップ・ナットマン
出版:文春文庫2000年4月10日 第1刷 訳者:三川基好
価格:本体695円+税 極私的評価:★★★1/2

 ゾンビ・ホラーであるからには、救いなさこそ評価の対象になるのだそうである(^_^;)。ジョージ・A・ロメロの映画から産み落とされたモンスターの新種ゆえ、ゾンビ小説ってさほど名作がないのも致し方ないけれど、いわゆるスプラッタパンクの本邦初公開作品ゆえ出版社も水準以上の作品を押さえているのは理の当然ちゅ〜わけで、彗星の尻尾で一撫でされた終末光景もお約束通りだし、血塗れ内臓系が好きな読者には決して期待を裏切らないスプラッタパンク度数である。

 多少なりとも救いのあるゾンビ映画って、アメリカンなテイストの『バタリアン』シリーズなんてのがあったなあとつらつら思い出しておりますが、まあ、あの映画も局地的には悲惨な結末が待ってたっけ(^_^;)。基本的にはゾンビどもは皆、頭を叩き落とさなければやっつけられないという約束事から逆手を取って、ゾンビ側からの視点を大胆に展開するユニークな試みは評価してしかるべきだと思うし、主人公がCIAの元殺し屋でゾンビになっちゃったってのがミソで、苦悩するゾンビ君たちという一種モジュラー系のストーリー展開にかなり毛色の変わったテイストを添えておりますぞ。

 唯一不満なのが、スプラッタパンクの売りの一つでもあるはずのお色気度でありますな(^_^;)。ゾンビ同士では愛欲より食欲ゆえ難しいけれど、食われる前の人間どもの最後の願いを絡めて生(性?)への欲求を高める行動律を描いてもよろしかったのではないかと、おっと女性ゾンビが男性のシンボルを銜えてる描写なんてのもあったっけ。食べてしまいたいほどの愛が迸る究極の愛欲シーンとでも受け取るべきなのでありましょうか(^_^;)。この夏、満喫した文春文庫スプラッタパンクもこれにて読了。次なる使者を首を長くして待ち受けておりますぞ。(2001年8月読了)

題名:けだもの ANIMALS 著者:ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター
出版:文春文庫2000年10月10日 第1刷 訳者:加藤洋子
価格:本体886円+税 極私的評価:★★★★

 究極の純愛物語なのである(^_^;)。愛欲もしくは食欲…理性を本能が制御不能にする暴走特急ラブが、狂おしくも凶暴に展開する人狼ホラーの傑作であるとここに断言しよう。スプラッタパンクの脂が乗り切った頃の代表作。血塗れなんだけど生理的嫌悪感が希薄に感じられるのは、登場人物のキャラの厚みがホラー以上ハーレクイン未満の物語の骨格をしっかり組み上げているからに他ならない。官能描写が貪欲に食欲と連鎖し目眩く生への欲求が『けだもの』たる人狼の本能なのだな。従来の人狼ホラーとは一線を画すのは、モンスターである存在以前の人間の部分=純愛、憎悪、悲哀その他諸々が増幅されて、触媒となる超自然的パワーでオーバードライブが掛かる面白さが読者を惹き付けて離さないからである。プラス、マンハント劇の興奮(狼だけに臭跡を辿るのだ(^_^;)。

 ヴィクという暗黒小説の主人公も真っ青の凶悪なる追跡者が凄い。なんせ殺して貪り食うのが日課なんだもの(^_^;)。殺戮と破壊。まさしくけだものである。対する人間シドはうじうじ悩み喧嘩にゃからっきしってな軟弱男。愛した女が人狼だったことから凄まじい血塗れ内臓ぶちまけラブが展開してゆくのだが、こいつら銀の弾丸でも死にはしない。シドたちがヴィクと戦う武器は…他ならぬ自分の内にあった『けだもの』そのものであった。人間誰もが心の中に『けだもの』を隠し持つ皮肉に作者の視点のユニークさを感じるけれど、その変身原理にはちょいと留保点付きだな。あと少しの説得力があれば新世代の狼男としてホラー史に残ったかもしれませんなあ…実に惜しいっ!

 ゾンビ=『ウェットワーク』、狼男=『けだもの』、吸血鬼=『ライヴ・ガールズ』と来れば、文春文庫スプラッタパンク次回作品は、もしかしてフランケンシュタイン? ま、何にせよ並のホラーでは満足しなくなっちゃった体には、刺激度満点の新機軸ホラーを期待しております>文藝春秋文庫版編集部殿。80年代パンクの潮流に乗って米本土で一大ブームを巻き起こした作品群が、01年ジャパニーズ・ホラーマニアを席巻とまではまだ行かないようですが、火は着きつつある気配が濃厚ではあるぞ。02年こそが日本のスプラッタパンク全盛期としてブレイクする予感あり(本当か、それ(^_^;)!(2001年8月読了)

題名:ライヴ・ガールズ Live Girls 著者:レイ・ガートン
出版:文春文庫2001年7月10日 第1刷 訳者:風間賢二
価格:本体743円+税 極私的評価:★★★★

 いわゆるスプラッタパンク・ホラーの逸品だよね、これ。露悪!凶悪!俗悪!って宣伝文句は、ま、そのものズバリなんですが、現代都市の退廃とその下腹部に食らいついた吸血鬼伝説。言ってみればスポーツ紙の即売面のノリに吸血鬼ネタが便乗したって感じ。ねっとり濃厚なエログロ系なのに、さほどお下劣感は感じなかったのは我らお下劣系に耐性の出来上がってる読者にはほどよい刺激であったちゅ〜ことか。東スポ大好き読者は必読と申し上げておきましょう(^_^;)。さほどスプラッター度も過激ではないし、程良い冷気を感じる真夏向けホラー。ま、女性読者にはお勧めしませんけど…(^_^;)。

 こういう吸血方式を編み出したヴァンパイアってところがミソで、しかもエロいのよ>その方法。デイヴィーじゃないけど「たまんないっ」って叫んじゃうわな。アニアはやっぱしデイヴィーの赤と白の体液を両方とも吸っちゃったんでしょうか。うっひゃ〜お下劣度満点だな、やっぱし。読み返してみると結構赤面しちゃうぞよ。しっかし、生命の根元たる赤と白の体液の行方に心惹かれるのは、雄にとっては刷り込みみたいなモノで子孫繁栄への古代からの記憶でもある。ブラムストーカー作品から受け継がれたヴァンパイアの子孫繁栄方法も、かなり性的なイメージを想起させるものであることを初めて知りました。詳しくは巻末の解説を読んでいただくとよろしいかと…(^_^;)。

 『ウェットワーク』『けだもの』でスプラッタパンク解禁して以来、続々と刊行されそうな気配でありますが、この手の作品は書店でもそっと書棚の片隅にディスプレイされるべきであって、いかがわしさを大事にして行きたいものである(^_^;)。淫靡な退廃を感じさせる本作品は、本来ならスプラッタパンク作品とは一線を画す格調を醸し出しているわけで、今でも唯一生き残っているスプラッタパンク作家のガートンの面目躍如ってところかな。個人的にはランズデール作品に期待してます。来春、第二次攻撃開始なんだそうで、文春にしては珍しくいいノリしてると思うのよね。それまでには未読作品もしっかりフォローしておかなくては。まずは『けだもの』から…。(2001年7月読了)

題名:1974 ジョーカー NINETEEN SEVENTY-FOUR 著者:デイヴィッド・ピース
出版:ハヤカワ・ミステリ文庫 2001年7月15日発行 訳者:酒井武志
価格:本体900円+税 極私的評価:★★★

 あまりに独り善がり過ぎてエルロイ風習作の域を出ていない。早川書房が大々的に売り出そうとするにはちとタマ不足なんじゃないの、これ。エルロイかぶれも結構だけれど、過度に散文的な文体を採用するデメリットしか感じられない描写省略が、物語の流れを著しく遮断する。要するに何言ってるかよく分からない箇所が多すぎるってこと。ノワール・ブームに乗っかって人の心の暗黒面に立ち入るには、冷静な周辺描写の足固めと作者本人の秘められた狂気の部分を増幅して、触れば弾け飛ぶテンションがあって初めてエルロイになれるのだが、ピースのそれは単なる言葉遊びである。狂気の欠片が読者の琴線に突き刺さらない。傷口から流れ出す血糊が透明なまま。

 英国人の殺伐とした気風は興味深い部分があるけど、何故この猟奇的犯行に結びつくのか、連続する殺人事件のミステリ的要素をそうも簡単に剥ぎ取って無理矢理ノワール世界を構築するというのは、エルロイ亜流作家の陥り易い弱点であろう。自分に酔う前にミステリ作家であれ。馳星周も池上冬樹も商売っ気出さずに正しく評価すべきである。作家や売れ線評論家ってこういうところで信用できなくて困るぜ、まったく。ネット上のレビューってのが意外に頼りになるのは、こういう商業ベースのフィルターが掛かってない無垢の読者の感想がアップされている点ですな。

 改行を多用してブツ切りにして刻み込むリズムは捨てがたい物があるのは事実。作家としてやっとこ戸口に立った程度の作者に多くを望むのは無理でも、続編『1977 リッパー』でどこまで成長しているか。年代記として四部作にまで暗黒度数が深化しているのかどうか。デイヴィッド・ピースが刻むリズムに心惹かれる方は確かめてみるのもよかろう。この作品のモティべーションとなったピースの見た夢『背中に白鳥の羽が縫いつけられ、性器にバラが突き刺さされた少女の死体』って、とんでもなくアブノーマルなんだけれど、夢に現実を追いつけようとそこから構築された物語ってやっぱり無理があるし、夢見心地のままこういう作品で終わっちゃうのは必然だったかも。んで、ジョーカーってエディーのことだったんでしょうか。なんだかんだで最後はオールマイティだもんね(^_^;)。(2001年7月読了)

題名:鼠たちの戦争 WAR OF THE RATS 上、下巻 著者:デイヴィッド・L・ロビンズ
出版:新潮文庫 平成十三年二月一日発行 訳者:村上和久
価格:上下各本体667円+税 極私的評価:★★★1/2

 戦場の神。もしくはマエストロ。大量殺戮の戦争とは一線を画す個対個の決闘を繰り広げるスーパー狙撃手二人をメインに別次元の戦いを血みどろの大地スターリングラードに持ち込んだ作者の企みが見事に結実した戦争ドラマの秀作である。それ以上に冒険小説ファンには実にエキサイティングに繰り広げられるザイツェフ対トルヴァルトの知力死力を尽くしたスナイパー合戦に内在する決闘小説のダイナミズムこそが凡百の戦争小説と一線を画す作品となっている。一弾が戦線の趨勢を左右する狙撃手たちの賛歌哀歌を地を這う作者の目が捉えたレニングラードの荒涼たる大地に朗々と響かせる名も無き戦士たちの墓碑銘に思いを馳せる筆致なのだ。血の通った生きた人間像ゆえに銃弾で撃ち抜かれれば血肉の爆ぜる生々しさ。どちらサイドにも付かない中立性こそ戦記物に必須の構成要素。

 どちらにせよ、良きに付け悪しきに付け人間味溢れるキャラの味付けが銃弾に弾け飛ぶ前の血肉となって、戦時下に殺し合う鼠たちの生と死を活写する。少しばかり作者が実際にロシア取材したザイツェフ側に肩入れするのもご愛敬だが、人間味溢れる(決して人情派ではないが(^_^;)親衛隊大佐のスノッブさ加減がより対決に陰影を加えるスパイスなのだな。助手役のニッキ・モント伍長が悪役一辺倒だったナチ側に平衡感覚を付与する役目を与えつつ、それだけではない存在感で、ザイツェフに対するターニャのように相対する。だからして人間ドラマとして秀逸なのである。脇が甘い作品には到達出来ない至高の到達場面>『パヴロフの家』で繰り広げられる狐と狸の死を賭した化かし合いの凄まじさ。

 エピローグの部分が少々長いのが玉に瑕だけれど、歴史考証から振り返るスターリングラード市街戦と本作品の史実への忠実さに瞠目するのである。ターニャ・チェルノヴァは実在の人物なのであるぞ。一種のドキュメンタリー作品としての側面もある本作ではあるが、戦争サスペンスとしても読み応え満点。冒険小説派は必読作品であることは論を待たないであろう。映画『スターリングラード』も史実を元にした作品のようではあるが、本作とは無関係ゆえ、同じ登場人物像を読み比べてみるのも一興かと思うのである。実は、本作のターニャにはしっかり映画のレイチェル・ワイズを当て嵌めて読んでいたのは何を隠そうこの私(^_^;)。史実ではターニャとザイツェフのその後は如何に? 興味は尽きることがないけれど、ま、小説世界は小説の中で完結させておこうと思う。(2001年7月読了)

題名:ペット・セマタリー PET SEMATARY 著者:スティーヴン・キング
出版:文春文庫 上巻1993年11月5日第6刷 下巻1989年9月15日第2刷 訳者:深町眞理子
価格:上巻540円、下巻480円(ともに税別) 極私的評価:★★★1/2

 怖いというよりは心が痛い。哀切極まりない小品。ホラーという衣を被った家族小説であり恋愛小説でもある。究極の愛の形がノックする恐るべきラストシーンこそが、この小説に投影されたキング自身の愛の結晶のような気もするのですが…。下巻の表紙絵=藤田新策画伯の力作が全てを物語る。かなり古い作品なのに、今頃読んでるのには実は訳があるのよね(^_^;)。個人的にキングに目覚めた頃、実はホラー小説が怖かったのである。宣伝文句にある『あまりの怖さに出版を見合わせた』という部分に加え、何となく避けていたのは、怖い物見たさを上回るキングの醸し出す恐怖のリアリズムなのですよん。痛みが直に肌にまで伝わってくる生理的な恐怖から空想の産物が圧倒的饒舌さを持って都市伝説にも似た民間伝承へと変わる恐怖まで。恐怖のデパート=キングの脳味噌の中っちゅ〜図式が出来上がるわけだ。その中でも突出したイメージ先行型がこの作品なのよね。

 一応、インディアンの悪霊という体裁を取っていますが、『デスペレーション』や『レギュレイターズ』に現れるキャンタックにも共通するキングがイメージする究極の悪の姿のプロトタイプがここにある。しかも最愛の存在が悪の象徴に…こんな恐怖が子を持つ親には氷の刃となって心臓に突き刺さる。キングの日常描写の上手さには舌を巻くよね。平穏な日常がいつ崩れるかと固唾をのんで待つ読者を決して裏切らないサービス精神とでも言いましょうか(^_^;)。某クライマックスシーンでは音まで臨場感たっぷりに描写していたそうですが、奥さんの助言で削除されたとのこと。う〜む、そこだけ完全版で読んでみたいもんだなあ。かなりエグイらしいぞ。

 原題の『PET SEMATARY』の持つ意味。間違ったスペルから導き出される『ペット礼園』の持つ一種ねじ曲がった魔力。黄泉より来る似て非なる物。人間の弱さこそが小説としてのホラーの源泉であると、たった一字の違いでこれだけの悲劇をもたらす寓意性が、如何にもキングらしさ横溢ではある。現在進行形のキングではない描写の諄さは許容範囲だし、しっかも、深町女史の名訳で読める喜びを噛みしめつつ、キングだけはハズレの翻訳家に訳して貰いたくないものだなあと希望する今日この頃ではある。(2001年5月読了)

題名:虐待者 THE PREDATORS 上、下巻 著者:ブライアン・フリーマントル
出版:新潮文庫 平成十三年四月一日発行 訳者:幾野宏
価格:上下各590円(税別) 極私的評価:★★1/2

 前2作以来のシリーズ読者ゆえ手に取りましたが、フリーマントルらしい手練れのワザを感じることなく、あまりにあんまりな翻訳の直訳文体に辟易しつつ、相変わらず繰り広げられる内部抗争のウンザリさ加減に匙を投げちゃう出来と申しておきましょうか。サングリエとのいざこざは曲がりなりにも解決したはずだし、ロセッティとの恋愛感情も上手く割り切ってるはずなのに、新たな混沌を巻き起こすべくフリーマントルが投げ込んだ新キャラの役割が、わざわざ波風立てるべく作者の企みが仄見えてしまって興ざめだったりするわけで、そこが大いなるマイナス点。前2作を超えるプラスアルファが欲しかったけど…無い物ねだりか。

 FBIのクソ野郎がなかなかいい味出してたのに退場するのが早過ぎるし、ピーター・ブレークという新キャラは掴み所が無くて、今後シリーズで連続して登場して初めて俎板に昇る程度の存在でしかない。硬派の変態女フェリシテも最後の腰砕けは頂けないぞよ。変態の愛ってのはそんなもんじゃないだろ(^_^;)。そんでもってラストよね。どうするんだ>クローディーン。ロセッティも本格参戦出来る状態に来て、これじゃあ、続編を読まないわけには行かないじゃないか。あざといのう>フリーマントル。

 最初に訳者あとがきは決して読まないこと。読後も読む必要ないかもしれません、これ。単なる粗筋紹介ですから、あとがきもクソもないだろ。どこまで読者を馬鹿にするんだろうか>幾野宏。奥付見たら65歳の翻訳家のようですが、本当に自分で訳してるのであろうか。弟子どもに下訳させて、そのまま素通りさせてるんじゃなかろうか。前2作の真野明裕氏の翻訳には十分満足しておりますので、どうか次回作は元に戻して頂戴ませ>新潮社殿。(2001年4月読了)

題名:悪徳の都 HOT SPRINGS 上下巻 著者:スティーヴン・ハンター
出版:扶桑社ミステリー 2001年2月28日第1刷 訳者:公手成幸
価格:上下各781円+税 極私的評価:★★★

 ボブ・リーの親父さんまで遡っちゃったんであ〜る=アール・スワガー。いやはやとんでもサーガ状態。ここまでやるかスティーヴン・ハンターって感じ。最後のオチでさらに円環を完結させてしまった力業には脱帽である(^_^;)。しっかしね、このお話自体は何とも無理矢理拵え上げたって違和感が拭えないまま、スワガー一族のドンパチ人生に哀れみを…で終わっちゃ身も蓋もないか。それでも面白いんだから作家ってのは力業なのよね。強引グ・マイ・ウェイってとこですかぁ。冒頭、うだうだ悩むアールではあるけれど、裏を返せば脳天気なアメリカンなんだってその後の展開が示しておるわけで、硫黄島で殺した日本人は何百人でも罪悪感なんてこれぽっちもないし、白人の苦悩なんて所詮そんなもんよ。だけどそれがアメリカのアイデンティティ。銃器王国アメリカの銃器見本市小説。その中の一ヴァリエーションと考えた方が素直にこの作家を理解出来ると思うのだ。

 かの有名なギャング・スターのバグジー・シーゲルまで引っ張り出し実在する映画スターまでも散りばめて、絢爛豪華なギャングの世界と質実剛健一本やりのアールの生き様の対比なんざぁイカしまくりじゃあ〜りませんか。男は拳だよっていうストレートなヤンキー魂の単純明快さが売りだもの。脇役にも銃器マニアを揃えてサービス満点なのはさすがハンター。如何にも『アンタッチャブル』の世界そのままなんだけど、それで終わらない英雄アールから狙撃手ボブへと渡されるバトン。シリーズを繋ぐその核が存在する限りハンター・マニアには至福の時を与えたもう作品であることは間違いない。読んでる時は無条件に面白い。ラストはこうなると読み手の想像通りの展開。だけど、それでいいのかって自問自答してしてしまう読後感。ここまで作り込まなくてもよかったのでは…と一抹の不満が拡大してしまう分かれ道でもあったのよね。

 次回作もこんなのでは困るなあとつらつら考えていたら、ネット内外で好評の便りがチラホラと聞こえてきましたので、へそ曲がりの小生、今回は敢えて辛口で攻めてみたのでありました(^_^;)。(2001年3月読了)

題名:ハンマー・オブ・エデン THE HAMMER OF EDEN 著者:ケン・フォレット
出版:小学館 2000年12月1日 初版第1刷発行 訳者:矢野浩三郎
価格:本体1800円+税 極私的評価:★★★

 ケン・フォレットって個人的には『針の眼』で終わってる作家だと思っておりますので、それほど期待しないで読み始めたらやっぱりそれなりの出来でありました(^_^;)。冒険小説書きではなくてエンタメ小説家というスタンスが彼の場合相応しいと思うのよね。傑作と誉れ高い『大聖堂』なんてまさしくそれ。なかなか読む切っ掛けが無くて未読のまま放り出してありますが、作者自身の興味もサスペンスというより人間観察へと移行しているようで、キャラの仕上がりが彼にとっては最重要課題のようでもあり、ゆえに我々冒険小説派には少々物足りなく感じてしまうことも度々。ケン・フォレットならもっと書けるはずだと思い続けて十数年(^_^;)。それだけ期待していた作家なんですがねえ。

 んで、帯の『2000年度ナンバー1サスペンス・アクション』って惹句に導かれたのが運の尽き。商売上手いよなあ>小学館。普段ロクな単行本出してくれないくせに、たま〜に装丁替えて如何にも面白本でございって体裁作って商売しないでくれたまえ。善良な読者は騙されてしまうではないか。そこそこの本はそこそこの装丁で分相応に売るのが望ましい(^_^;)。こんなのちゃんと二段組みで1500円程度で売って欲しい。それが出版社の良心ってもんでしょ。こんな分厚くされたら通勤電車の中で持って歩くのはかなり苦痛である。しかも満員電車であれば本を広げるのでさえさらに苦痛である。それに加えて期待していたほど面白くなければ苦痛度数はさらに倍加する(-_-メ)。

 まず着想ありき。サイスミック・バイブレーター。地震工学を見聞きして引っ張り出した最新機器から構築したストーリーは荒唐無稽とは言い切れない迫真力も少しばかり兼ね備えており、東海大地震に脅える暮らしをしている日本の読者には興味を引っ張る部分があるわけで、サンアンドレアス断層を大井松田あたりの大断層を思い浮かべて比較してしまう現実に即したサスペンスに、フォレットの目利きの確かさを感じてしまうのさ。あるいはキャラ。平凡なヒッピー・コンミューンの一員が期せずしてテロリストへと変貌を遂げる過程をリアルに描き出しているのだな。ドロップアウトした人々が普通から普通でない事態に遭遇したらこうなる的な臨場感が、ニクいほど上手く書き込まれているのはさすがフォレットである。主人公の女捜査官にはさほど思い入れはなかったけれど、どこか憎めない過去からの犯罪者プリーストの存在がこの小説に一本芯を通した感じがあって出色のキャラではあったなあ。(2001年2月読了)

題名:バカなヤツらは皆殺し Baise-Moi 著者:ヴィルジニ・デパント
出版:原書房 2000年5月11日 第1刷 訳者:稲松三千野
価格:本体1400円+税 極私的評価:★★★

 超快楽主義の女の子二人が主人公なんですけれど、日本でも今の高校生から大人未満の女の子って、こういうご立派な性向の持ち主がわんさか出てくるご時世に、ぶっ飛びお下劣セックス&バイオレンスハードコア・ロードノベルって帯に書かれても、さほど驚かれない状況は作者の方がビックリかもしれませぬ(^_^;)。いやはやなんとも。ノワールの入り口で、中までズズズイッっと入る前に明るく散った不器用な女たちの非日常小説。おっと彼女らにしてみればこれが日常的だったのかも。フランスでなければ受け入れられなかったであろうパンクでアナーキーさが、日本でも受け入れられたことが興味深いっすね。そういう土壌が整ったってことなんでしょうけれど、それがいいことか悪いことか。そっちの方が問題じゃないのかね。そういうバカなヤツらはこっちの方で皆殺しにしてやりたいところだけれど…(^_^;)。

 社会道徳の規範から逸脱した二人組を描いたフランスの前衛的な女流作家が、モラルに囚われた結末を用意したのはちょいと幻滅した部分もあったりなんかして。アナーキーに暴れ回ってどんどん収束=破滅へ向かう道行きが見えてきてしまう儚さを描きたかったのは分かってるけれど、ラストだってぶっ飛んでていいじゃない。逆にそっちの方を期待して読んでいたので肩透かしではあったぞよ。随分昔のカルト級マカロニウェスタン作品『殺しが静かにやってくる』の超弩級ラストを見よ! もしかして、タイトルからして皆バカなヤツらばっかしなもんで、そのまんまな結末って洒落込んだ作者のお茶目さかもしれん(^_^;)。

 しっかし、こういう本書いちゃったら次回作が変に期待されて困っちゃうんじゃないでしょうか。要らぬお世話か。作者自身もかなりパンクなお姉ちゃんなようですので、もっと奥までぐいぐい突っ込んでくれるぶち壊れたハードコア作品を期待するのは我らオヤジ系読者の密かな楽しみだったりなんかして(^_^;)。カバーイラストのイメージがこれほどピッタリ来る小説もなかなか無いよね。お下劣さ満載! 万歳! う〜ん、こんな感想でいいのか。(2001年2月読了)

題名:死せる魂 DEAD SOULS 著者:イアン・ランキン
出版:ハヤカワ・ポケミス 2000年9月30日発行 訳者:延原泰子
価格:本体1800円+税 極私的評価:★★★1/2

 いわゆるモジュラー型警察小説に英国風陰鬱さをミックスして今風のロック・テイストをスパイスにしてアレンジすると、こういう複雑に入り組んだ通好みのミステリが産み落とされるわけで、今更言うまでもないけれど、米国流な派手なドンパチもないし、灰色の脳細胞をフル回転させて安楽椅子しちゃう探偵もいないのであるな。足で稼ぐ刑事ドラマ=地を這う捜査ぶりを描き出すにはこれだけのページ数が必要だってこと。それでも年々分厚くなるランキンの新作ではあるけれど(^_^;)。タイトルからも分かるように今回のリーバスは、過去の亡霊たちに悩まされる相変わらずの重苦しさで引っ張る部分と、アメリカから帰郷した連続殺人犯との対決部分が上手い具合に結合して読ませるって寸法だ。英国vs米国。異分子が混入したエジンバラの困惑ぶりが、なかなか一筋縄ではいかない犯罪者との駆け引きと相まって、リーバスのアウトサイダーぶりを引き出す要因となっており、マンネリを防ぐ意味でも、ランキンのテクが冴えるシリーズ最新作に仕上がってると言っておこうか。

 現実の事件を換骨奪胎リーバスものに巧みに取り入れるランキンの小説作法はアップトゥデートでもあり同時に旬を過ぎると一気に鮮度が落ちてしまう危険性を含んでいるけれど、キャラが立ってるおかげで長持ちするシリーズになりそうではあります。『87分署』までとは言いませんが、ランキンがリーバスに飽きちゃうまで続けて欲しいものでありますなあ。最近ではシボーン・クラークだっていい味出してるようにワシは思うのだけれど、レギュラー陣の分厚い背景が必要不可欠ゆえ、あれこれエピソードを挟み込むにはやっぱりこの厚さは必要だわな。おっと忘れちゃいけない、殺人鬼オークスのキャラの殺人者としての質実剛健さ(^_^;)。これだけで★1/2上げちゃおう。冒頭事件の解決を最近はやりの犯罪形態(^_^;)で安易に流しちゃうのは頂けないけれど、実際問題として『それ』が万国共通の根深い犯罪であることも考慮すれば納得出来なくもないか。でも最近この手の解決作品が結構多いのが気に掛かるねえ。

 英国ではTV作品化されて日本でもミステリChでよく放映されているのですが、リーバス警部役って、『ハムナプトラ』のジョン・ハナーなんですよね。個人的にはちょいと線が細すぎる様な気がしてあまり見てはいないのよね。本書も映像化されるらしいので、どうしても見てみたい方はスカパー入ってミステリChでじっくり眺めてみるのもいいかもしれません。主人公はともかく、あの陰鬱なスコットランドの雰囲気がよく出ていて作品のテイストは多少なりとも味わえますぞ。次回作は梅雨入り前に『Set in Darkness』が出る予定だそうで、次なるリーバスの地味めな活躍(^_^;)を期待して待ちましょうかね。(2001年2月読了)

題名:ザ・スタンド THE STAND 上、下巻 著者:スティーヴン・キング
出版:文芸春秋 上巻2000年11月20日第1刷 下巻2000年12月20日第1刷 訳者:深町真理子
価格:上下巻とも本体3000円+税 極私的評価:★★★★★

 重厚長大。上巻だけでもこの分厚さはただ事ではないぞ。電車の中で立って読むには15分が限度。サイコなヤツが襲いかかってきてもこの本だけで撃退できるでありましょう(^_^;)。いやはや、それだけではないキャラの厚みがここまで書き込まれちゃうと脱帽するしかございません。キングって生半可な偏執狂じゃないって誰でも納得するこの粘着質。だからこそファンは熱狂して読むわけで、それぞれの登場人物の書き込まれたバックグラウンドの分厚さから派生するサブストーリーの多様性こそキングの真骨頂であると申せましょう。散りばめられたエピソードが、やがて磁石に引き寄せられるが如くクライマックスに突入するカタストロフを予感させつつ、『神は全てを包含する』というキングの宗教観を前面に押し出す強引さもまた心地よい。善なる者対邪悪なる者。巷ではマキャモンの『スワンソング』と対比が言及されますが、ストーリーテリングではマキャモンに軍配が上がるかもしれません。物語的厚みから言うと四方八方から雪崩れ込むキング節に、「もう、どうにでもして」って具合で白旗挙げざるを得ないでしょう(^_^;)。

 弱者の抱く小さな悪。重箱の隅を突つき出すように暴き出すキングの筆先に乗り移った悪意の残滓。正義漢面して物語を仕立て上げることを良しとしないキングの作家的良心とでも申しましょうか。傍観者でありながら時折物語の中に降り立つ天使か悪魔か、それがキングその人なのだ。滅び行くアメリカという国の荒んでゆく様が90年代初頭の風俗を伴って、生身の痛さが染み渡るヒリヒリした剥き出しの人間模様。滅亡へのビジョンが暗く重くのし掛かりつつ、微かな希望へと物語を導くキングのさじ加減もまた絶妙。キング自らの分身を登場人物に投影するご愛敬に苦笑しつつも、膨れ上がる黒い雲が空一面を覆い隠す前に、善なる僕たちが神の道標を辿って到達するべき土地は何処? 果てしなき流れの果てに、彼らを出迎えるのは神か悪魔か。まだ半ばを迎えたばかりの物語は下巻の混沌へと我を誘うのだ。

 ここから物語は拡散する。個の部分がクローズアップされ、個の集合体が共同体を形作り寄せ集めから脱皮した社会組織へとメタモルフォーゼして行くキング流社会科学的考察を散りばめつつ、作者の手を放れた登場人物たちが勝手に営みを始め、善と悪との戦いの部分が希薄になった分、訴求力を一時失うところでやや中弛みしたかなって感じか。本書は完全版を元に翻訳されているので、それゆえ冗長さも包含してオリジナルの善なる者と悪を顕す者との立脚点=スタンドの魅力を余すところ無く読者に伝えるキング伝導の書でもあります。ここまで書かなければ抑え切れなかった彼の創作意欲には声を失うほどだね。冒険、ロマンス、寓話、ファンタジー、リアリズム…そして。雪崩のように全土を覆い尽くす凄まじい20世紀の死にざまは、若さゆえこの剛腕を思う存分振るったキングの尽きることのない想像力でしか表現できないキング流の黙示録なのである。彼の作品群の中でも一際聳え立つモダンホラーの分水嶺的な記念碑とも言えるでありましょう。(2001年2月読了)

題名:処刑の方程式 A PLACE OF EXECUTION 著者:ヴァル・マクダーミド
出版:集英社文庫 2000年12月20日 第1刷 訳者:森沢麻里
価格:本体952円+税 極私的評価:★★★★

 マクダーミドといえば『殺し』シリーズでファンが多いけれど、それとはかなりタッチを変えた異色作品であります。この重苦しさはいかにも英国ミステリ。限りなく鬱陶しい登場人物たち、田舎の生活にまみれ日常的な退屈が犯罪をも覆い隠し、どこまで行っても罪体が見えて来ないもどかしさが、よってたかって読者を煙に巻く。どうです、これであなたも読むのに躊躇するでしょう? いや〜実際うんざりしながら読んだのは事実(^_^;)。ところがですね、第一部で決着し閉じられたはずの円環が無理矢理こじ開けられたとき、この物語の真のストーりーがここから弾けるのでありますよ。真実は閉じられた円環と密かに同心円を描いていたわけだ。腑に落ちる決着。マクダーミドの手腕に唸るという寸法だ。なるほど!うまい!でも、くどい!

 死体の出て来ないミステリってことで、すれっからしのファンならふむふむと伏線を読んでしまう難点もあるけれど、こういうひっくり返し方は構成の妙といえるでありましょう。女性ライターとベネット警部の息子が偶然出会うのは少々こじつけっぽいけれど…まあ、そうでもしないと一件落着した事件に再点火しないし…。『殺し』シリーズのスピード感を捨ててまでも、新境地を開拓した作家的冒険心は評価すべきであろう。ただ、毎回これだと読む気も失せるけれど…(^_^;)。

 日常を書き込むってことは登場人物の厚みと物語への説得力を増す作業とも言えるでしょ。滲み出す生活感と悲劇を生みだした土壌。人々の心の奥底に隠された感情の襞までも抉り出す作業を延々と続けたベネットとクリフのコンビが到達した第一の真相。だが、その奥にあった開かずの扉。数十年後に開かれた扉によって暴かれた第二の真相。歳月の積み重ねが物語を熟成させたと言ってもいいか。マクダーミドという女流作家の細やかな描写と英国という風土があってこそ為し得た豊穣のミステリをじっくり味わいました。登場人物のそれぞれの人生が静かに心に染み入るラストに思いを馳せるのです。(2001年2月読了)

題名:英雄 NO TIME FOR HEROES 上、下巻 著者:ブライアン・フリーマントル
出版:新潮文庫 平成十三年一月一日発行 訳者:松本剛史
価格:上巻705円、下巻667円(税別) 極私的評価:★★★1/2

 言わずと知れたダニーロフ&カウリー・シリーズ第2弾であります。『猟鬼』を読んでない方は読む資格がないと敢えて申し上げておこう。なんせストーリーは前作のしがらみ引き摺ったまま解決されなかった不倫問題(^_^;)も持ち越したままだし、底辺を流れる重苦しさの中身を知っててこのシリーズ追っかけてるファンの特権とも言えるでありましょう。ロシアとアメリカゆえ、外交という大いなる壁が立ちはだかるのは当然の展開。二人の間の連係プレーの妙が異なる国家システムの間隙を縫ってロシアの暗黒面に切り入って暴き出す巨悪の存在が警察小説を超えた面白さを醸し出す。政治絡みの大風呂敷はちと遠慮したい部分もあったりして、苦笑気味に読んだのもまた事実(^_^;)。捜査対象が個の犯罪者からグレードアップしたのはいいけれど、あれよあれよと事件が上の方まで行っちゃうと、おいおい待ってよと呼び止めたくなる展開には、ちょいと閉口四辺形でありますぞ(^_^;)。

 フリーマントルの著書にある『CIA』と『KGB』を読めば分かるでしょうけれど、こういう得意ジャンルに踏み込んだらこの人の筆先鋭く解剖していく作業がメインになってしまい、巨悪の下で蠢く個の犯罪者の肖像の掘り下げが十分ではなかった感もある。なんせ登場人物が多すぎて、読む方だって消化しきれないんだもの。今回はダニーロフ夫妻を縦軸に、彼らの色恋沙汰と犯罪対象が微妙に絡み合う綱渡りの展開にハラハラしつつも迎えたある悲劇的な結末。さすがチャーリー・マフィン・シリーズの作家らしいアイロニカルな手駒の配置ではあるね。まだ見ぬ第3作でのダニーロフの神経が均衡を保って行かれるのか心配だったりする。ま、ラストの復讐戦での手練手管を見れば杞憂に終わりそうですけれど…(^_^;)。

 このシリーズには珍しく冒険アクション的なシーン満載で、フリーマントルにしてはサービス度高いです。副主人公的活躍でやや影が薄かったカウリーも、モスクワでの物語に比重が掛かるゆえ致し方ないか。毎回米ソ両国を巻き込んだ題材を練り上げてダニーロフとカウリーをどう絡ませるか、本当に頭を捻らなくてはいけないシリーズになってしまったけれど、マフィンと二本立てで今後も健筆を揮って頂きたいものである。これだけ面白い英国仕込みの大人の小説を描ける作家を今失うわけにはいかないからねえ。次回作はカウリーがメインで展開する順番ですが、さて如何? (2001年1月読了)

題名:クリムゾン・リバー LES RIVIERES POURPRES 著者:ジャン=クリストフ・グランジェ
出版:創元推理文庫 2001年1月31日 初版 訳者:平岡 敦
価格:本体920円+税 極私的評価:★★★★

 決して映画のノベライズではございませんので、安心して書店で手に取って見て下さい。超弩級のフレンチ・ミステリ暴走特急を体感すべし。吉野仁氏強力プッシュ、宮部みゆきも夢中になったという骨太な剛速球を著したのは実は新人作家なんですよね。一種バカミス系だけど、ある部分超越しちゃえば怖いもの無しだもの。グイグイ迫るスピード感たるや凡百の作家を牛蒡抜きにするハイテンション。映画化されたのも宜なるかな。実に映像的な描写もこの作家の得意とするところ。ニエマンス警視正なんて、ジャン・レノそのものだもの。彼を念頭に置いてキャラを練り上げたとしか言いようがないぞ。それほどピッタシはまってるのよ。冒頭、フーリガン相手に暴走するニエマンスの危ないデカぶりで掴みはOKってやつね。

 緋色の川って何? 謎が謎を呼んで猟奇殺人に震撼するフランスの田舎町に展開する推理劇って、一種、横溝正史の世界だよね。ハイパーバイオレンスな調味料で味付けされてるけど、これにロビン・クック味を少々。過去が現在を浸食し、甦った亡霊とともに暴き出された謎のスケールに瞠目すべし。あまりに突出してるがゆえに難色を示す人もいるでしょうが、ミステリの分野を超えたノワール小説としての味わいもフランス産ならではですな。構築された陰謀の荒唐無稽さをカバーするには、それ以上のインパクトを読者に与えればいい。こういう刑事を創造したグランジェの力業が、一気に最後まで読ませる原動力になってるちゅ〜わけね。二人の刑事の持つ暗い情念が結実するラストもまたハッピーエンドとは無縁の諸行無常さが仄光る秀逸さ。

 見る前に読め。映画ではかなり各エピソードが端折られて描かれているようで、見ただけでは理解不能な箇所も出てくるようですな。全て納得した上でのジュード・イテロの物語ですから、そのバックグラウンドはしっかり把握して見てこそ映画ともども立体的に楽しめる様子ですね。相方がヴァンサン・カッセルってのもかなりブチ切れた役者起用ですので、期待度高いよね。すでに見ちゃった方には本書を読んで緋色の川の秘密にさらに深く触れてみるのも一興かと思うのであります。アブドゥフは役名変えられちゃってるようですが、脚本もグランジェが関わってるようですので、原作のテイストを損なうこともないと勝手に判断しております。早いとこ見に行かなくっちゃ。(2001年1月読了)

題名:クルドの暗殺者 THE SECOND SALADIN 上下巻 著者:スティーヴン・ハンター
出版:新潮文庫 平成三年四月二十五日発行 訳者:染田屋茂
価格:各520円(本体505円) 極私的評価:★★1/2

 今を時めくハンターが当時『真夜中のデッドリミット』が評判になりながらさほどのブレイクを見なかったのは、本邦訳出第2弾の本書の出来具合が当然の如く足を引っ張ったんでしょうなあ(^_^;)。ストーリー的に目新しさはさほど無く、強いて挙げるならキャラの作り込みってところか。印象深いキャラが現れては消えて行く。読者へのアピールを忘れないハンターの手練れ作家への過渡期の作品と分類できるかもしれません。KGBが出てくるぐらいだから大時代掛かった古くささには目を瞑るにしても、古き良き時代のスパイの緩さみたいなものが背後に漂って、暴き出される謀略までも「あっそう」で終わってしまう危険性を孕む読書ってかあ(^_^;)。今時こういうどんでん返しってやっぱ古いでしょ。

 イラクによるクルド民族への虐殺行為等は湾岸戦争当時に知りましたが、裏側で策動していたアメリカの悪逆非道ぶりってのが冷戦時代の中で浮き上がって来て、当時表側しか見ていなかったワシら世代には「ああ、やっぱり」と腑に落ちたりする部分が買いでもあり、それにしてはお間抜けなKGBでありCIAだったりしてガッカリな部分が如何にもマイナス要素だったりする。当時は冒険小説舞台の先端的要素があったんでしょうけど、今読むと古典の教科書読んでるようで…(^_^;)。今日的題材を取り込んで物語を創造する作家にとって歳月って結構マイナスに作用することって多いのかもしれません。

 ローマは一日にして成らずって云うけれど、作家だって苦闘の歴史があるわけだな。ハンターとて例外ではなく、こういう作品を残していることで作家的成長を垣間見られる側面も忘れてはいけませぬ(^_^;)。古き佳き血を引くカウボーイ的正義に引きずられたポール・チャーディの遺伝子は確実にボブ・リー・スワガー・サーガに引き継がれているようでもあり、今日でもハンター作品の背骨を形作る大いなるテーマでもあるのだな。今日的屈折度が加わって練り上げられ陰影に富んだ最近のハンター作品に人気が集まるのも宜なるかなであるぞ。ま、プロトタイプの良さを味わう余裕のある方にお勧め、かな。(2000年1月読了)

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