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題名:鋼鉄の騎士 作者:藤田宜永
発行:新潮ミステリー倶楽部 1994.11.25  
価格:\3,000 (本体\2,913) ★★★

  ようやく読み終わりました。国産冒険小説で久々の本格派登場といったところでしょうか。作中、右だ左だと政治がらみのサブ・ストーリーが少々鬱陶しかったのではありますが、やがて読者の前に開けてくる物語の円環が、すべてを包み込んでくれました。この辺が、予定調和やご都合主義と取られるところもなきにしもあらず。登場人物が皆どこかでつながりがあって、巡りめぐってポーのサーキットへと円環が閉じてい訳ですが、やはり作者の意図的なものと考えた方が良さそうですね。

  多少牧歌的な匂いのする古きよき時代の冒険物語。男たちが皆夢を抱いていた頃の熱き思いを引き出すには、やはり当時の冒険活劇のような予定調和的な書き方がそれらしい雰囲気を出していてベターでしょう。物語が戦前の話で、日本の軍部を前面に押し出さない展開も、伸びやかな自由の雰囲気を出していてよかったように思う。

  義正の生き様は、レトロの中にも現代っぽさをミックスして、当時の時代を生き生きと感じさせてくれるんだよね。主人公以外の外国人たちも個性的にそれぞれ描かれていて、違和感なくパリの街にすんなり入り込めるのは、作者の綿密な取材の賜物でしょうね。これだけ分厚く書き込まれると本当に登場人物の汗の匂いや血の色までが感じられてしまう。このスケールの大きさは、いよいよ国産冒険小説もここまで書けるようになったか、と感じさせてくれる道標のようでもあります。後に続く作家たちに期待しよう!   (94年3月読了)

題名:聖域 作者:篠田 節子
発行:講談社 1994.4.20 第一刷発行  
定価:¥1800 ★★★

 内容的にはホラー系なのでキャッスル6区に書こうかと思いましたが、『このミス』で11着に入っていたので、まあ、こっちでもいいかな、と。前半部分はいわゆるマンハント、いやウーマンハントか。雑誌から異動してきたばかりの新米編集者が、惚れ込んでしまった未完の作品『聖域』の作者・水名川泉を追って東北地方を駆けずり回り、新興宗教団体にまで潜入取材してしまうのですが、この辺まではホラーっ気がなくてミステリとして読んでも面白い。
 
 その過程で編集者の実藤は、水名川泉は、生者と死者、此岸と彼岸を媒介する者であり、特殊な能力の持ち主であることを知るのですが、『聖域』と彼女の支配される精神世界が、渾然一体となって我々の眼前に呈示されると、ただもう圧倒されてしまう。坂東眞砂子の作品では、彼岸から実体化した恐怖が読者を襲うのだけれど、篠田節子はそこから一歩引いたスタンスで醸し出される恐怖の質を大事にしているようでもある。初めて接する作品ゆえ断定は出来ないが…。死とは何か、生とは何か、根源的な問題を読者に投げかけ、『聖域』という作中作を通して、その答えを見せつけてくれる。

 千鶴と実藤の逢瀬は、再生された幻かはたまた現実の降霊術なのか。なかなか切なくていいですよ。ただ、実藤にとって千鶴が死んでからも後を引くような恋人かというと、チト疑問符が着くけれど、ま、そんな些細なことは気にしないことにしよう。篠原や三木が水名川を通して見た地獄の光景も、もう少し書き込んでくれれば恐怖感がもっと具体化されて、作品に奥行きが出たのではないかしらん。それにつけても、坂東眞砂子といい篠田節子といい、日本のホラーシーンは今や彼女たちの世代に安心して任せられるようで、まずは目出たいぞ。(95年1月読了)

題名:東亰異聞 作者:小野不由美
発行:新潮社 1994.5.25 第二刷  
定価:¥1500 ★★★

 何だ何だ、こりゃホラーの皮被ったちょっと歪んだ本格物かいな、と思っていたら、ん、謎解き済んでもまだこんなにページが余ってるじゃん。やってくれました。お見事!これぞ東亰、明治維新後の東京から細胞分裂したパラレルワールドじゃありませんか。パチパチパチ、やっぱりこうじゃなきゃネ。ホラーファンも本格物ファンも納得の逸品というところでしょうか(^^)。

 序章からいきなり不由美ワールドに浸かれば、そこはもう魑魅魍魎が跋扈する妖しき東亰の街。人魂売りに火炎魔人、闇御前なんて聞いただけでゾクゾクしちゃうでしょ。そいつらが引き起こす連続殺人劇が実は…。哀しき兄弟愛が織りなす絢爛たる帝都の闇夜草紙。探偵役の新聞記者である新太郎と浅草香具師の顔役、万造が、街の案内役をしつつ事件の真相を追い掛けて行くのですが、おどろおどろしげな舞台背景に隠された本格物っぽいトリックが明らかにされると、その化けの皮が剥がれ出し、な〜んだとなってしまう。これが中盤までね。

 ところが、どっこい。冒頭書いた通り、鮮やかにひっくり返してくれるのですよ。こういうテイストって好きなんですよね。あっ、本格ファンの人にも、ちゃんと理にかなった事件解決が待っておりますので、ご心配なく。でも、こりゃホラー系の読者の方がウケるでしょうね。何たってラストがあれですもん。『聖域』の篠田節子に続いて、気になる女流作家がまた一人。次回作が楽しみだ。(95年1月読了)
 

題名:猟犬探偵 作者:稲見一良
発行:新潮社 1994.5.20  
定価:¥1300 ★★★

 ようやく図書館で見つけて読むことが出来ました(^^; 『セントメリーのリボン』にあった一編が連作化されて本作になったものですが、やはり最初に書かれた物語と比べると残念ながら鮮烈さは薄れてしまったように思う。それでも稲見さんらしさは存分に楽しめる作品集です。こういう自然体で書かれたハードボイルドって、なかなか得難いのですよ。人生の年輪を重ねた人じゃないと、こうは描けないと断言してしまおう。それだけに早過ぎる逝去には残念としか言いようがないなあ。

 第1話 トカチン、カラチン
 小雪少年をめぐるファンタジーといえましょうか。山荘に棲む四人の 男たちに拍手。こういうキャラを作っちゃう稲見さんの茶目っ気は微笑 ましかったりする。ラストの一行が効いてるんですよね。

 第2話 ギターと猟犬
 黄昏た艶歌師にワイマラナー犬はよく似合う。しみじみと人生を感じさせる一編。

 第3話 サイド・キック
 ここからが書き下ろしになります。老いた厩務員をめぐるファンタジーと言っちゃってもいいでしょう。猪猟の描写が圧倒的迫力。内臓の臭いが行間から漂ってきそう(^^; 川谷軍三、浜幸はそれぞれ川谷拓三、浜田幸一をイメージして読んでしまった。

 第4話 悪役と鳩
 バッド・天童。ナイスなキャラクターではないですか。彼だけで別シリーズが書けちゃうぐらい。突然の悲しみに途方に暮れる天童が印象的でした。ここでの活劇シーンも短い割に臨場感があって迫力満点なのですよ。

 ああ、もう読み終わってしまったのか。(95年2月読了)

題名:蓬莱 作者:今野敏
発行:講談社 1994.7.25 第一刷発行  
定価:¥1700 ★★★

 蓬莱ってタイトルからは、実家の近くにある酒造メーカーの出す酒と同じ名前なので、つい地酒を連想してしまうのだけれど、この作品も国産ミステリとしては、なかなかコクのある逸品と言えましょうか。着想の妙で、この蓬莱ってソフトを実際にプレイしてるような感覚で、小説世界に引き込まれていくのです。

 今野敏って作家は格闘技小説系の人と思って今まで手を出さなかったのだけれど、この作品で一皮むけて違った方向へ伸びていきそうな予感を感じさせてくれる。ごく日常的な謎から大がかりな陰謀へと雪だるま的にストーリーが展開していくのは、高橋克彦や半村良に近い感覚で、まあ、彼らなら最後は宇宙船が地球外へ飛んで行っちゃうのだけれど、今野氏の場合、イマジネーションの翼は大気圏内に留まってくれたようです(^^; 

 ただ、蓬莱ってソフトに隠された謎。それだけで殺人までお偉いさんが手を汚すかってところかな。そんでもってそんなシュミレーションだけであっさり、謎が解けて解決してしまうのは…。まあ、固いことは言わないで、こういう小説は素直に楽しんでしまおう。ページターナーな一冊ですよ。(95年2月読了)

題名:セラフィムの夜 作者:花村萬月
発行:小学館 1994.9.20 初版第一刷発行  
定価:¥1500 ★★★★

 萬月が紬出す濃密な空間にどっぷりと浸り込みました。まるで異世界のように読者を引きずり込む蟻地獄。え〜、こんなんありかの世界でありまする。何しろ登場人物が皆濃いんだ。異常者すらも血が濃いぞ。正常だったはずの者たちも狂い出す血の濃さゆえの翳りとでも言いましょうか。

 涼子が大島が山本が、それぞれの狂気をはらみつつ進行する愛憎劇。この異常な愛憎劇の終着駅は血染めの赤、赤、赤。かなりショッキングなシーンが連続しますが、この血染めの赤は血のルーツ、すなわち日本人、在日韓国人、そして韓国人間の様々な差別へとこの物語はクライマックスを迎えるのです。そこでは民族すら超えて肉体にまで差別をする、差別という感情の快感にまで昇華させてしまった萬月の筆力と力技が物語を支えているわけで、根っこにあるのはシンプルなラブストーリーだもんね(ドコガジャ(^^;)。だから読んでいて心地よい。

 KCIA崩れの殺し屋もまた一筋縄でいかない萬月らしいキャラクターで、この男の愛の形も相当に変であるよなあ(^^; でも妙に説得力があるから許されちゃうのである。そうそう、ヒロインの自分の真の姿を知ったときの精神構造の転換も萬月じゃなきゃ許されない設定じゃないでしょうか(^^;

 まあ、いろいろと考えさせられたけど、あとがきを読んだら、やはり下敷きになっていたのは萬月自身が持つ差別感情のようでありますね。変に妥協しない作家としての姿勢には羨望を覚えますよ。比較的自由に差別問題を取り上げられるのは出版界ならではなので、差別の根源にまで遡って分析したりしているけど、やっぱりそれは物語の面白さ=エンターテインメントから引き出されるもので、吹っ切れて書いてるところがいかにも萬月らしくて私は好き。でも、この濃さには、当分は近づきたくないというのが正直な感想でもあったりする(ブルースも濃かったよねえ)。(95年2月読了)

題名:冬の巡礼 作者:志水辰夫
発行:角川書店 1994.11.20 再版発行  
定価:¥1400 ★★

 『飢えて狼』の頃から比べると北極と南極ほどの差がある最近の志水辰夫ですが、この作品も確かに地味です。設定からして渋いんだよなあ。出てくる人は土建屋のおじさんばかりだし、女っ気は呑み屋のママと化粧っ気の薄い死んだ男の娘ぐらいで、主人公もパッとしなくて若さが感じられないない32歳の男。普通なら読む気も失せちゃう登場人物ばかりでも、やっぱりそこはシミタツ節がしっかり味付けされている訳で、なんだかんだ文句を言いながらも読ませちゃうんだよなあ、これが。

 主人公のわたしが、なぜ、ほんの挨拶を交わす程度の付き合いの男から託された用事を律儀に果たそうとするのか、どうもピンと来なかったのだけれど、それはいいとしましょう。ハードボイルドに限らず、本を読むとよく思うのだけど、主人公の人生観への饒舌さとでもいいましょうか、とにかく警句めいたことをよく喋る。だけど、実生活でこんなことベラベラ喋りますかね(^^; この辺、凄く違和感を覚えたりするのですよ。もっと無言の背中で人生を語って欲しいもんだ。

 そうそう、菅井敬之進ってじいさまはもっと活躍して欲しかったキャラでありますね。あれだけの出番では惜しいぞ(^^;

 この本を手に取った方は、途中まで読んでつまらないやと投げないで、ラストまで読んでみて下さい。少しばかりツイストした結末が不思議な余韻を残してくれます。市井の人々の哀感漂う佳作といっていいかな。そこらの若手作家よりは格段に文章にはキレがありますね。さすがシミタツと言いたいところだけど、もう一度冒険小説も書いてくれないかしら。
(95年2月読了)            

題名:アクアリウム 作者:篠田 節子
発行:スコラ 平成五年三月八日発行  
定価:¥1600 ★★

 暗いトーンに貫かれた不思議な空間を作り出す人ですね。タイトルだけではどんな話か全然見当が付かなかったけれど、読んでみれば、奥多摩の水中洞窟で偶然見つけた水棲動物を守るために、自然を破壊する林道工事関係者と戦うという話でありました。まあ、ミステリというよりもファンタジーに近いかな。ただ篠田節子らしく捻りが効い ているところは、主人公が住む家には幾つもの室内アクアリウムが処狭しと並べられ、女よりは熱帯魚に情熱を注ぐオタク・タイプでありして、案の定、水棲動物との精神感応ラブ!?に陥ってしまう辺りでしょうね(^^)。

 ストーリー自体は単純でそれほど感心する出来ではありませんでしたが、『聖域』のトーンに共通する骨太な乾いた文体は、この頃からすでに醸し出されていたようです。この人にはやっぱり国産ホラーの女王を目指してもらいたいものでありますな。『聖域』の次の作品に期待しよう。(95年3月読了)

題名:破獄 作者:吉村昭
発行:新潮文庫 昭和61年12月20日発行  
定価:¥400 ★★★

 つい二、三ヶ月前に米国でスプーンを使って脱獄するというニュースがあって、へえ〜と感心していたら、職場の本読みの先輩が日本にもこんなのがあるよと薦めてくれたのが『破獄』でした。

 実話に基づいたフィクションとのことですが、淡々と積み重ねられた無期刑囚佐久間清太郎の行動の記録は、ほとんどそのままノンフィクションのようであります。

 昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和23年札幌刑務所脱獄。まあ、読むほどにその綿密な計画と大胆な行動力に舌を巻きますね。いやはや超人だぁ。

 ただ物語の焦点が必ずしも佐久間清太郎に当たっているわけではないのは、戦中、戦後の混乱した時代背景とともに佐久間の脱獄の歴史と昭和初期の歴史をリンクさせて時代の変遷をより浮かび上がらせようと意図したものであろう。私ら冒険小説に慣れている読者には、淡々とし過ぎて感情移入出来なくて、もっと佐久間の人間像を前面に押し出して欲しいと思ってしまうのですが、網走刑務所からの脱獄は圧巻であった。佐久間と看守らとの息詰まる駆け引きは、篇中の白眉であります。

 そしてついに、脱獄の意図を捨てた佐久間清太郎。彼は体制へのチャレンジャーだったのですね。民主化により挑むべき壁を失った今、彼は闘志を失い人生から退場していく。反骨から従順へと時代が彼を押し流して行く様は、まさしくアウトローへの挽歌のようでもありました。(95年3月読了)

題名:勇士は還らず 作者:佐々木譲
発行:朝日新聞社 1994.10.25 第一刷  
定価:¥1600

 う〜む、佐々木譲にこんなの書いててもらっちゃ困るんだが、でもこの人は実はこういう話を書きたい人じゃないかと、ふと思っちゃったりもする訳で、『ベルリン飛行指令』から続く三部作で冒険小説マインドを嗅ぎ付けた読者には、はっきり言ってガッカリする出来であります(-_-)。

 書き下ろしじゃなくて新聞連載だと、こういう風に安易な作劇に流れてしまうのは、やはりこの作者の本来持つ資質であって、過去を振り返るばかりの青春ものを絡めたお手軽ミステリになってしまうのは、手を抜いているというよりは作者の狙いなのでしょうが、もう少し骨太の登場人物と複雑なプロットを用意してくれたら言うことないんだけど…。それにつけても、オハラ氏が素性を明かす過程が素気なさ過ぎるぞ〜。

 こういう臭い青春物を中心に持って来ちゃうと、本来解くべき謎もそっちの方にウエイトを取られてしまって、どうしても中途半端になっちゃうのよね。登場人物に全然感情移入出来なかったのもやっぱりその辺にある訳で、駆け足のラストも取って付けたようで感心しないぞ、こんな結末。それでも、中だるみさせずに読ませるところはさすが佐々木譲ではあります。なんだかんだ文句言いつつ、読んでいる間はそこそこ面白かったのさ(^^;

 この人には、やはり正当派国産冒険小説を期待しちゃうでしょう、やっぱり。この作品の瑕疵は新聞連載の悪条件から見て仕方ないとして、書き下ろしで勝負球を披露してくれるまで評価はお預けかな。三部作の次の舞台は、さて!?(95年3月読了)

題名:顔に降りかかる雨 作者:桐野夏生
発行:講談社 1993.9.15 第一刷発行  
定価:¥1400 ★★★

 女性が書いたハードボイルドってことで何となく敬遠していたのだけど、食わず嫌いでもったいないことをしたと、今になって後悔しきりの乱歩賞受賞の傑作だぁ! と言い切ってしまっていいのではないでしょうか(^^)。乱歩賞ってどうも最近イマイチなもんで信用してなかったのですが、これからは受賞作はとりあえず手に取ってみる。それから読むかどうか考えることにしよう(^^;

 女主人公ミロは、かのジェイムズ・クラムリーのミロドラゴヴィッチから拝借した名前ということだけど、クラムリーほどとはいえないが、桐野女史の描く独特の空間は、いきなり読者を物語に引きずり込む魅力を持っている訳で、村野ミロといういかにも本当にそこに実在しそうなほどの存在感を持つ女を創造したことで、これはもう作者の勝ちと言っていいでしょう。キャラがとんがれば、物語は自然と着いてくるのです。

 寂寥感を漂わせつつ、愛におびえ潜在意識の中で愛を求めた女、ミロ。複雑な心理のもつれが物語の緊迫感にスパイスを与え続け、そしてラストのどんでん返しまで引っ張る事件の謎。単なる失踪事件に端を発して連続殺人に巻き込まれ、否が応でも探偵稼業に目覚めていく過程が読ませますねえ。顔に降りかかる雨は払わにゃならぬ。成瀬というキャラのねっとりとした存在感も、インテリヤクザっぽくて私は好き。そうそう、この人の小説に出てくる連中は皆ナイスですね、良きに付け悪しきに付け。人格までも裸に剥かれた耀子の哀れさが胸を打つ。

 これで探偵稼業に片足突っ込んだ村野ミロは、当然シリーズ化されて読者の前に再度登場するでしょうが、亡き夫への後悔と引き替えに、彼女の危なっかしげに漂う愛の行方とともに、顔に降りかかる次なる雨に期待大であります。(95年4月読了)

題名:天使に見捨てられた夜 作者:桐野夏生
発行:講談社 1994.6.30 第一刷発行  
定価:¥1600 ★★

 二作目というのは本当に難しいですねえ。乱歩賞の一作目と比べちゃうと力が入るのは分かるのだけれど、そこそこ面白いという評価を超える作品とは言えなかったりするぞ。

 探偵としての未熟な部分と女の弱さをさらけ出して物語を作り出そうとすると、ミロと相対する新たな男を創造して、その男をフィルターとしてミロの再生をしようというのは分かるけど、あまりにストレート過ぎるのでゲイのパートナーを登場させたのは、どうでしょう? 触媒としての探偵に生身の女を見せられても、読者も面食らってしまう部分もあるでしょう。キャラクターとしてのトモさんはナイスですが、AVの世界とゲイたちの世界をクロスオーバーさせることで、意図的に際物的な展開に持ち込んだのでしょうか? 全然冴えないミロ探偵にちょっとイライラの読後感です。ただ登場人物たちは相変わらず生き生きと行間で自己主張してますが(^^)。ミロのオヤジの村善さんなんか、この人主人公で一本話が出来ちゃうくらい存在感が突出してるのよね。

 後半、上流家庭の隠された悲劇を掘り返したミロは、ロスマク的な色合いを帯びてきますが、アーチャーほどの手際の冴えも見せず、淡々と語られる悲劇も尻すぼみで終わってしまったような印象が強い。う〜ん、この辺が残念。ミロの歪んだ愛の形を含めて、三作目でどのような展開を遂げるのか、気になるシリーズではあります。(95年5月読了)

題名:新・竜の柩 作者:高橋克彦
発行:祥伝社 NON BOOK 平成6年12月1日 第一刷  
定価:¥1000 ★★

 ここまで壮大な推理を繰り広げられちゃうと、荒唐無稽を通り越して感動すら覚えてしまいますねえ。歴史冒険SF大河ロマンとでも言いましょうか、ワクワクして読んだ前作『竜の柩』と違って舞台は、古代シュメール語を使い、聖書の記述に酷似した人々が棲む地球とそっくりな地。そこでも『竜』を神とする一族が、異民族と対立していたのだ! ついに明かされた文明史の真相とは? 歴史マニアはこういうの好きなんだろうなあ(^^)。

 古代シュメールから日本へ。現存する遺跡や書物などから高橋克彦というフィルターを通すと、こんなにも歴史が面白いなんて、高校生の時にこんなの読みたかったぞ(^^; なんせ西洋史が大の苦手ときたもんだ。そんな私でも面白く読んだのだから、教科書代わりに読んでみてもいいかもね。ただ、試験の時にいい点取れるかどうかは、保証の限りじゃないけど(^^; 

 作者の組み立てた歴史の空白を埋める仮説、これが現実の歴史と整合性があるから説得力があるわけで、そこへ想像力という名のスパイスを少々。月が異星人の宇宙船であるかどうかは別にして、遮光器土偶やらストーンサークルやら現存する遺物の中でミステリー的要素のあるモノは結構あるのよね。その辺の小道具の使い方が実にうまい。ンス・オブ・ワンダーを存分に味わいました。それにしても主人公が九鬼虹人なんて、無理のある名前付けるなと思ってたけど、やっぱり訳ありだったのね。そうかそうか、最後のオチもやっぱり高橋克彦だなあ。(95年5月読了)

題名:富士山の身代金 作者:藤山健二
発行:新潮社 1995.3.20  
定価:¥1400 ★★★

 パチパチパチ。奇想天外な発想とスケールの大きさ、活劇シーンの迫力は映像的でもあり、人物描写や設定などに荒削りな部分も見え隠れしますが、これは意外な拾い物でした(^^)。平和の象徴でもある富士山を謀略の舞台にしたというところで、作者の勝ちと言い切っちゃってもいいんだな、これが。

 終戦直前の富号作戦から、徐福伝説(蓬莱でも出てきましたネ)とその子孫たちがからむ現代へ、そして富士山の地底に仕掛けられたダブル・トラップ。息を吐かせぬ展開は一気読み。私自身、富士山周辺は土地勘があるので、光景を頭に浮かべつつ臨場感ある面白さでした。身代金の受け渡しのトリックは、作者は富士五湖を良く知ってるなあと感心(荒唐無稽ではありますが(^^;)しました。初めて接した作品でありますのでプロフィールは不明ですが、作者はこの近くの出身かもしれないぞ、名前も藤山ってくらいだから。

 悪役の片桐は、もう少し書き込んでくれたらもっと凄みが増したのに、その辺が残念と言えば残念。測候所での人質対犯人グループの戦闘ももっと劇的に読ませてくれると思ったのですが…。後半がちょっと駆け足になってしまったのが、星一つマイナスといったところでしょうか。でもあんまり書き込んじゃうと上下2冊になってしまって、このスピード感が薄れてしまうかもしれないし、この辺の加減が難しいよね。

 自衛隊のレンジャーからドロップアウトした防衛庁の『傭兵』堂垣陽一郎という主人公は、この先シリーズ化して再度登場する予感がするんですが、いかがでしょうか。(95年6月読了)

題名:絹の変容 作者:篠田 節子
発行:集英社 1991.1.25 第一刷発行  
定価:¥1200 ★★

 これは『夏の災厄』のプロトタイプとでもいいましょうか。一種のパニック小説なのですが、篠田女史らしさは結構出ているようです。一枚の絹織物からこんな話思いつくなんて、なかなか目の付け所がナイスですよ〜。でも、気持ち悪いけど(^^;

 絹って考えてみれば、虫が吐いた糸を紡いで出来た物であるわけだから、こういう変容の仕方もあって不思議はない。う〜む、絹のパンティなんかちょっとはけないぞ(^^; 

 とにかく蚕の描写に「うっ」とくるものがありますね。ページ数も少なくて作者もあと一歩満足感が足りなく思っていて、最新作の『夏の災厄』につながっているようにも思えました。ラストも何となく共通点があるような…。(95年6月読了)

題名:贋作師 作者:篠田 節子
発行:講談社ノベルス 1991.3.5 第一刷  
定価:¥720 ★★★

 篠田節子という作家の懐の深さには感心してしまうぞ。こんな作品まで書いていたなんて。いわゆる推理サスペンスものなのですが、主人公の設定がやはり一癖も二癖もありまして、中年にさしかかった腕利きの女性絵画修復士で、助手役にはゲイの彫刻家なんぞが登場して色を添えます(^^;

 ある老画家の自殺から迸りはじめた謎と、そこに隠された情念の深い淵。この白日夢のような情念を、薄皮を剥いでいくように成美が追体験していく様はなかなか読ませますねえ。ホラーっぽい展開がナイスです。う〜ん、きれいな頭蓋骨の作り方なんて、そんじょそこらの作家じゃ書こうなんて思わないぞ(^^;

 謎解きの部分はそれほどでもないけど、作品の雰囲気を買って☆☆☆といったところでしょうか。さて、篠田作品の未読はあと何冊であろうか。(95年6月読了)

題名:蝦夷地別件  上、下 作者:船戸与一
出版:新潮社  
価格:書店で確認して下さい ★★★★

 本を図書館に返してしまったので、詳しいデータはパスね(^^; 上巻を読むのに一週間、下巻は一気呵成に3日間で読破しましたが…。

 どこを斬っても流れ出る血は船戸色。流れる血が多ければ多いほど、一層鮮明さが際立つようです。あえて言ってしまえば、時代小説の皮を被った冒険小説。しかも船戸流スパイスをたっぷり施したやつってところかな。執拗に書き込まれた蝦夷たちと彼らが棲む北の大地。そこに巡らされた血生臭い陰謀が風雲急を告げる。ここからが船戸節の真骨頂でありましょう。ためにためた蝦夷たちの怨念が読み手の喉元に刃を突きつけてくるのです。う〜む、この重厚さ、ただ事ではないぞ。

 政信の存在は船戸ならですね。謀略と殺戮に生きる男。国家を背負わなくなったとき知る人間の卑小さ、生身の人間像が浮き彫りにされ、船戸ならではの滅びの詩が胸を打つ。歴史という一本の太く大きな流れに翻弄され、そのほんの片隅に登場した名も無き人間たちの儚さ。ただ流されて行くのみ。ハルナフリしかり、ツキノエ、マホウスキ、洗元、みなが生き、そして滅びていく。この諦観ともいうべき船戸作品の特徴が端的に出たのがこの作品であると言えるのではないでしょうか。

 蜂起後のハルナフリの変貌ぶりに違和感を覚えたのは事実ですが、これはこれで船戸ならではのテイストでありましょう。予定調和ではありえない彼ならではの調和が、哀切さ漂うラストへとなだれ込んで行きます。どこまでが史実で、どこまでがフィクションなのか。歴史の頚城を解かれ、自由に登場人物を操れる小説的快楽を船戸は、戦後の蝦夷地を血に染めて爆発させます。船戸ならこう描くだろうなと思った通りの展開に溜飲を下げました。上巻でチトもたれた部分もあったが故の怒涛の下巻に納得の作品でありました。

 本当にこの人はどんなジャンルを描いても、やっぱり船戸与一なのだなあ、と感心してしまいます。(95年8月読了)

題名:神鳥 イビス 作者:篠田 節子
発行:集英社 1993.8.25 第一刷発行  
定価:¥1400 ★★★

 鳥の皮膚ってのは生理的に駄目なのですが、朱鷺って鳥のあのグロテスクな顔がもう苦手なもんで、無茶苦茶に、生理的恐怖感で一杯なのであります(^^;あんなのが羽広げて襲いかかってきたら、私だって尻尾巻いて逃げちゃうな、きっと。絶滅寸前で保護運動が展開されているようですが、こんなの読んじゃうとますますそんな気にならないよな〜。

 主人公の性格設定でまず、救いようのない暗い話を支えている部分がありますね。これも一種のリングな訳で、河野珠枝→金田史子→谷口葉子&美鈴慶一郎へと神鳥の謎を追ううちに、悪夢に支配される恐さと極限からの脱出が本作の読みどころな訳ですが、美鈴のキャラクターがナイス(^^;であります。いいよねえ、こんな主人公ホラー小説にゃチト見掛けないもんね。だって恐さが半減しちゃうじゃない、デブでハゲで口先男なんて。

 超写実派の珠枝が何故『朱鷺飛来図』だけ幻想的手法で描き得たのか、その秘密が分かったとき恐怖は頂点に達するのですが、この人ホラーを描きたくて描いているわけではなく、行き着いた先のジャンルがたまたまホラーの範疇に入るとのこと。ゆえに技巧的に構築されたホラー的恐さは結構希薄だったりしますが、それでもゾッとする部分はこの作品のなかで十二分に主張しているようです。

 すっげえ、気に入ってるフレーズが一つ。『食えるものに恐いものはない』。いいでしょ、この女主人公の肝の太さ(^^)。なんだか作者自身を投影してるようで、微笑ましかったりする。ついでに慶一郎のモデルも想像出来るような気もするのですが、さて…。(95年8月読了)
 

題名:ソリトンの悪魔(上下) 作者:梅原克文
発行:朝日ソノラマノベルス 1995.7.31 第一刷発行  
価格:上巻 \980 (本体\951) 下巻 \950 (本体\922) ★★★★


 確かに上巻で仰天、下巻で唖然呆然の怒涛の展開におお、さすが梅原克文だぁと感動ものの3日間でした。この厚さが苦にならない。もっと読ませろと作者にクレーム付けたくなるような本は、最近ではこの梅原氏しかおらんぞと断言してしまおう。この人のクーンツの臭いのする作風はつとに言われておりますが、近未来を想定して自由に想像力の羽を伸ばすところから、空想科学クーンツ派と呼んでもいいかもしれない(^^;

 フォロホニクス理論からよくぞここまで力技を存分にふるってくれたものだと素直に感心してしまおう。ただ好みの問題でもあるのですが、ちょっと引っ掛かった点がいくつか。まず、富岡艦長には最後まで最初の線で頑張って貰いたかったぞ。ちょっと腰砕け(^^;な展開に「むむむ」。厚志からアツシへのメタモルフォーゼには飛躍しすぎて「ややや」。油田のブローアウトへの解決策がXXXだなんて突然思いつかれても、伏線も何もないんだからいかにも唐突で「おおお」。下巻の驚天動地の展開から言えば、『二重螺旋の悪魔』の方が興奮度は上かも…。やっぱり頭の中に『アビス』があるために、既視感が想像力の展開を抑制してしまうのかな。

 な〜んて細かいことに文句付けてますが、こんな重箱の隅つつくのは超弩級のメインプロットの前ではほんの些細なことですので、未読の方は是非書店で手に取ってみて下さい。ジェットコースターの3日間があなたを待ってますよ〜。朝日ソノラマって本屋は時々こんな傑作をポンと出すので侮れんぞ、まったく。『サード・コンタクト』や『サラマンダー殲滅』も確かそうだったよね(^^)。(95年8月読了)

題名:スキップ 作者:北村薫
発行:新潮社 1995.8.20 発行  
定価:¥1800 ★★★

 いわゆるタイムスリップものですが、それだけじゃない。というよりタイムスリップは主人公を取り巻く一つの状況に過ぎないのであって、作者の主眼は、42歳の身体に滑り込んできた17歳のわたしの生き方そのものにあることがすぐに分かります。そう、これは青春小説なんだよなあ。それもとびっきり高感度なやつ(^^)。突然、未来にやって来てしまった少女の冒険小説と言っていいかもしれない。

 25年もの歳月をスキップしてしまった真理子さんは、17歳の頃の弾むようにスキップしていた少女の明るさを取り戻すことが出来るのか。起きてしまった現実に振り回されつつも、健気に生きる多感な17歳の心を持つ42歳の自分。いや違った。42歳の身体を借りた17歳のわたしって方が正解か(^^; ああ、ややっこしいたらありゃしないぞ。それも物語の進行に伴って朧気ながらもタイムスリップの真相が見えてくると、案外この逆の方が正解に読めてきてしまうのだけれど…。

 北村薫の筆は、ノスタルジックな風景から一変、現代を25年前を生きていた少女の目で追う様が生き生きと描かれていて、今風少年少女たちと少々古風な考え方を持つわたしとのギャップが新鮮な面白さ、そして哀しさを読者に提供してくれます。円紫さんと女子大生シリーズとはひと味違った力強さを感じます。いいですよ〜。17歳の少女(外見は42歳なのだけど)が、悩みながら微笑みながら年上である高3の生徒を体当たりで指導する熱血先生ぶり。決して流されない一ノ瀬真理子の生き方が美しいのです。

 昨日、今日、明日。真理子の選んだ道は、決して平坦ではないけれど、美也子さんとの関係のラストでの劇的な?変化、そして、あのお方への思いが徐々に変わっていってついには、ラストの1行にすべてが集約されて感動がジワリと広がるのです。(95年8月読了)

題名:走らなあかん、夜明けまで 作者:大沢在昌
発行:講談社 1993.12.3 発行  
定価:¥1500 ★★★

 これは東京在住の作者ならではの作品ですね。関東人なら誰しも少なからず大阪にワンダーランド的感情(^^;を持っているわけで、主人公の坂田勇吉の持つ感情にはウンウン頷いてしまうんだなあ。梅田の地下街ならまだしも、十三や新世界なんて地名が出てくるともうあかん。しかもベンツに乗ったヤクザ屋さんがてんこ盛り。こてこての大阪に紛れ込んだ異分子、サラリーマン勇吉が繰り広げる悪夢のような一夜の冒険。嫌だよなぁ、こんな目に遭ったら。もう同情するしかないのよね〜。ああ無情の世界。

 颯爽と登場するケンさんは、やっぱり高倉健のイメージなのであろうか。そういえば、大阪が舞台の『ブラックレイン』にも出てたしね。で、ちんぴらのサンジは若い頃の尾藤イサオあたりかな。大阪側の登場人物の顔はすぐに浮かぶのだけど、坂田勇吉はというとあんまりこれといって思い浮かばないのは、やっぱり大阪人たちの個性に食われちゃったせいかも(^^; 人も街もヤクザさえも、みんな濃いんだもの、ディープな大阪を、じっくり坂田の後を追って追体験してしまいました。

 私自身、大阪には二度しか行ったことはないけど、今度行ったらミナミで酒飲んで、通天閣登って、絶対うどんを食ってやろうと密かに誓う読後感ではありました。アタッシュケースなんか持って将棋会館なんかは行かないけどね(^^;(95年8月読了)

題名:ホワイトアウト 著者:真保裕一
出版:新潮社  
価格:書店で確認して下さい ★★★★

 う〜む、こりゃ『ダイ・ハード+クリフハンガー』って週刊誌で紹介されてたけど、言い得て妙でありますな(^^)。ストレートでグイグイ押してくる作家って好きなんですよ。真保裕一はこれまでの作風から一歩進んで、正統派冒険小説道(^^;を歩みだしてくれたようで、まずはメデタイぞ。

 最初からスーパーヒーローなんかじゃなく、精神的苦悩を背負った富樫を主人公に据えて、彼の心の成長と一緒に冒険行をパワーアップさせて行く過程に喝采を送りたい。生身の人間の肉体的極限と超リアルに書き込まれたダム管理施設の状況が、リアルタイムで進行しているような臨場感を生み、山の男たちの熱き心が胸を打つ。これぞ、冒険小説と呼ばずして何と呼ぼうか。

 ラストの大活劇を予想していたので、チト肩すかし気味の結末ですが、その辺は日本人作家の慎ましさ(^^;ってところでしょうか。あまりのドンパチには気が引けちゃうのかも…。もうちょっと、例えば千晶がわがままで富樫の足を引っ張るとか(いい子過ぎて物足りなかったりする(^^;)、戸塚だってあのまま終わっちゃチト可哀想!? 笠原とウツギとの対決も背景を分厚く書き込んでくれたりなんかしちゃうと、サブストーリーの膨らみでさらにパワーアップしたのではないか、などとつらつら読み終えた横浜線の車中で考えたのでありました(^^;

 それにつけても、あのダムに土地勘あって臨場感満点で読んだクリントさんがうらやましいな。まるで映画でも見てるようだったでしょ。日本じゃなくてハリウッド資本で撮れば、すっごく面白い映画になるような気もしますね。マクティアナンかハーリンに監督させてみたいよ〜。(95年9月読了)

題名:霧の密約 著者:伴野朗
出版:朝日新聞社 1995年10月1日 初版  
価格:2000円 ★★

   ふむふむ、これは伴野朗版『ジャッカルの日』であります。著者の意図は歴史小説を狙ったのでありましょうが、余計な蘊蓄を剥ぎ取ってしまえば、『朱雀』対『スコットランドヤード』、『朱雀』対『織部啓介』の追うもの追われるもののスリリングなマンハントなのであります。歴史小説の体裁を取ったため、人物描写に物足りなさが残るのは残念だけれど、『朱雀』の魅力が欠点を補って余りある存在感で読者に迫ってきます。

   無責任な外野としましては、『朱雀』に対抗して『織部啓介』の背景描写をもっと分厚くしておけば、もっと骨太の作品に仕上がったのにぃとぶつぶつ言っておりますが、新聞連載小説だけあって、各章ごとにそこそこ見せ場もあってよろしいのですが、総じて登場人物の描き方が通り一遍であっさりし過ぎている。で、読んでいて印象が軽くなってしまい、その辺りが作品の評価に影を落としているようです。

   この人が中国特派員になって、あっち関係の作品ばかり書き出してからしばらく敬遠していたのですが、国産冒険小説界ではまだまだ現役で書いてもらいたいよね。上田監督じゃないけど、ええで、ええで、とお勧めしちゃいます。(96年5月読了)

題名:いまひとたびの 著者:志水辰夫
出版:新潮社 1994年8月20日  
価格:1400円 ★★

   読み終わって、ふうと一つため息を吐いた。このような作品群を産み出した著者の境地を思い、そして、国産冒険小説の金字塔を打ち立てたかつての作品に思いを馳せ、老境に差し掛かった作家が本を書き続ける理由を垣間見たような気がして、またため息を吐いた。

   生と死。男と女。作者自らが支配する物語上の主人公たちが繰り広げる等身大の生活模様。それぞれの短編の主人公は名前を変えてはいても、キャラクターの底辺には変わらぬ志水辰夫その人のアイデンティティが頑なに存在している。自然でいて際立つ光放つ登場人物たち。語り口の絶妙さは、さすがと思わせる職人芸であります。ただ、志水氏にはこのような作品は期待すらしていなかった読者にとっては、チト酷というものでありましょう。今でも『飢えて狼』再びと待ち続けて十ン年(^^; あの冒険小説マインドに溢れた作品群を愛して止まない読者にとっては、老いと戦う作家の姿勢を肯定はするものの、全面的に支援はいたしません。

   しっかし、さして起承転結のない、市井の人々の話がここまで深く胸に迫ってくるとは脱帽するしかないではありませんね。それが志水辰夫を読み続けている理由なのだけれど、同時期にここまで死を見つめた作品群を描いた作家の今後が心配ではあります。でも、ラストでのふっきれた明るさが結構救いになってるんですよね。でなきゃ、こんな暗い話ばっかり読まされてご覧なさい。二度と書店で手を出さなくなっちゃいますよん。(96年5月読了)

書名:プリズンホテル秋 著者:浅田次郎
出版:徳間書店 1994年8月31日 第一刷  
価格:1700円 ★★★

   プリズンホテル』第一作は未読ながら、図書館の返却棚にひょいと置いてあったので思わず反射的に手を出してしまったのであります。最近は時代小説にまで手を伸ばして進境著しい作者ですが、こういうギャグ路線も上手いのは作者のもって生まれたコメディ的資質のなせる技でありましょうな(^^)。言ってみれば、大人向け『唐獅子株式会社』とでも申しましょうか。危ないところでバランス取って、絶妙に笑わせて、やがてホロリ。うまいんですよねえ、この辺の阿吽の呼吸ってやつが。

   ナベ長さんが、万年幹事役の冴えない巡査部長から実はXXなデカだったなんて、うーむ、ナイスなキャラ割りであるぞ。松倉警部補の猪突猛進ぶりも、青二才のキャリア署長も、梶料理長も、服部フランス帰りシェフも、清子に美伽も、サブのキャラクターの彫りが深いんだよな。真野みすずの『極道エレジー』が心に染み込むぜ。一応主役張ってる木戸孝之介も偏屈ぶりがアブノーマルで際立つ存在感(^^; プリズンホテルの従業員一同に決して見劣りしないところが浅田次郎らしいやね。ほとんど自画像だったりして・・・。映画化されたら、美伽はもう少し小さい頃の安達祐実にやらせたかったなぁ。バックに流れる主題歌は当然のごとく中島みゆきです。

   さる温泉場の奇怪なリゾートホテル。言い得て妙でありますが、この設定なら連作シリーズにはうってつけだよね。ここは一つ変化球でホラー編とか、密室サスペンス編とか、パロディっぽく第三、第四の続編が出ても面白いかも。『プリズンホテル』の方も早いとこゲットしなくては。私にとって浅田次郎は見逃せない作家になりました。(96年6月読了)

題名:魍魎の匣 著者:京極夏彦
出版:講談社ノベルス 1995年1月5日 第一刷発行  
値段:1200円 ★★★

   前から読もう読もうと思っていた割には、手に取るだけでお弁当箱みたいな分厚さに『また今度にしよう』って読むのを諦めた回数は、それこそ星の数ほど、とはチト大袈裟か(^^; さほどに弁当箱本への恐怖は本読みにとっての大きな心理的プレッシャーになっちゃうのでありますなぁ。

   この手の作品のペダンティズムってのが、輪を掛けて苦手なもので途中どうしようかと思案投げ首。ソファに放り投げて枕がわりに丁度いいぞと思ったが、せっかく図書館でリクエストして借りた手前、眠気を覚まして再読開始したのでありました。とにかく博識なのは分かったから、そんなにくどく書き込まないでくれたまえ、京極堂(^^; 普通の作家が描いたならばこの三分の二の厚さで済んだに違いないぞ。

   『姑獲鳥の夏』はワイフが一読 「私こういうのダメ」 の一言で京極恐怖症の初期症状。ところがNHKでのミステリ特集で京極本人が出演して自らの作劇法を語ったインタビューに刺激され、あちこちで評判になっている二作目から読み始めようと思い立った訳であります。二作目なら少しは文章もこなれて来るだろうとの読みもありました。ちょうど見開いた 2ページ分をきっちり字数まで計って文章を練り上げる男とは、いかなる作品を産み出すのか検証したくなったというところがその理由。

   物語は後半三分の一あたりから俄然熱を帯びて、すべてが箱に集約されて行く様は壮観でありました。何となく想像していた通りの展開だけれど、でもやっぱり凄い力技でありますねえ。この作者の妖怪シリーズはみなこんな展開を見せるのであろうか。しかもそれぞれの蘊蓄をごっそり載っけて・・・。続けて読むには、どうやら相当な体力と忍耐力が必要のようですね。電車の中で持つには重たいし、手は疲れるし、異常なる物語展開で神経はくたびれ果てる。それでも読まれているからにはシリーズの魅力が難行苦行を上回っているからなんだろうなあ。いかがでしょう、京極ファンの皆様?

   一冊読んだだけではわが評価は定まりませんでした。各登場人物にも今一つ馴染みが湧かなかったし、異彩を放つ探偵としての京極堂のキャラクターを見定めるまでは、やっぱりシリーズ読者にならなくちゃいかんかも。『姑獲鳥の夏』からそろりそろりと読んでみますかな。(96年7月読了)

題名:姑獲鳥の夏 著者:京極夏彦
出版:講談社ノベルス 1994年9月5日 第1刷  
価格:960円 ★★★

   図書館にリクエストを出したら『姑獲鳥の夏』と『狂骨の夢』が一遍に手元にやってまいりましたので、図らずも京極漬けの夏と化した我が読書生活。この夏こそアン・ライスに取り掛かろうとしていたのですが、これは五輪後のお楽しみということで、関口、京極堂、榎木津たちのデビューに立ち会うことにいたしましょう。

   なにやらエキセントリックな関口の過去を溯ると、そこには久遠寺家の亡霊どもがスパイスとなって事件は展開していくのですが、そこは処女作らしく、さすがの京極も蘊蓄を垂れるにしても登場人物の造形にしても、青竹のごとくの固さが逆に微笑ましかったりする。ことさら不可能犯罪に偏った作品構成になっていたら、わざわざ手に取ることもない作品であったろうが、妖怪小説としての半面が、FSUIRIの分野からは足を洗った私ごときの視野に入ってくる、一つの小説としての普遍性を持っているのだなと納得の一品でありました。

   ふふふ、関口、榎木津の掛け合いは、『魍魎』より生き生きと伝わって来ますし、京極堂の陰陽師としてのバックグラウンドが表に出てきて探偵の個性としては突出したその存在を見せ付けてくれるパフォーマンスが、のちのこの作者の作品の行く末を垣間見せてくれて、方向付けの一貫性を確認させてくれました。このこだわりが良いのでありますな。

   気になったというか、過去にも問題点として話題に上ったであろう、梗子の破水と藤牧の出現シーンは、ちとやりすぎではないかなぁ(^^; 妖怪小説と推理小説の融合シーンを劇的に展開しようという京極の意志が手に取るように伝わってきますが、上滑りした意気込みが作品上の違和感を産み出してしまったかな、というところですかね。後で説明されてもこのシーンだけは絶対に腑に落ちないぞ。

   涼子の哀しさが胸に迫るエンディングでありました。言われてみれば、ロス・マクを彷彿させる日本的な家系の悲劇を抉り出すプロットに一部呆気に取られながらも一部圧倒された、京極夏彦登場としての記念碑的な作品だと思いますね。(96年7月読了)

題名:らせん 作者:鈴木光司
発行:角川書店 1995.7.31 初版  
価格:\1500 ★★

   リングリング大サーカスなんてのがその昔ありましたが、この作品もサーカス級のアクロバチックなモダンホラーと申しましょうか(^^;

   こんなんありかのこんがらがったラストへの衝撃。らせん=DNA配列な訳ですが、そいつは前作からの円環の中に実は取り込まれていたのであり、つまりはリングでありますよ(読んでない人には何だか分からないだろうな、こりゃ)。

   前作に引き続いて登場する高山竜司も曲者ぶりを遺憾なく発揮してくれて、つまりはオールスター勢揃いの大団円ってか(^^; 本作では、作者がDNA暗号やら医学方面で理論武装しちゃったおかげで、前作に比べるとホラーっぽい雰囲気は多少薄れるのですが、これはこれで山村貞子に至るアクロバットを支える説得力をより強化してくれるのでしから、よろしいとしましょう。荒唐無稽でムケケケと笑ってしまう人もいるでしょうが(^^;)、まあ、それはそれで楽しく読んだのですから1500円払った価値は十分あったということでしょう。

   だけどさあ、リングで死んだ連中が同日同刻にピッタリだったのは、あの説明では納得出来ないぞ。山村貞子の大サーカスには結構感心したのでありますが…。<95/08/17 読了>

題名:不夜城 作者:馳星周
発行:角川書店 平成8年8月31日 初版第1刷発行  
価格:1500円 ★★★★

 今度足を踏み入れたとき、歌舞伎町の景色が変わって見えるでしょう、多分。『スネークヘッド』については聞き齧ってはいたけれど、週刊誌などでは顔の見えない中国人の記述が、作者に血と肉を授けられ、生身の銃口を読者に押し付けて来る。それほどまでにディテイルにこだわった筆力が産み出した劉健一のキャラクターの凄まじさよ。

 台湾、北京、上海、福建の男たちと日本のぬるま湯に浸かった小市民との間に横たわる広すぎる亀裂。人の命が10万単位でやり取りされるこいつらの行動倫理とはどこから来ているのであろうか。まさに生き馬の目を抜く男たちの世界。よくぞここまで描いてくれたと手放しで絶賛します。拳銃売りのごうつく婆さんの旦那のしたたかさには苦笑するほかないじゃない(^^; これぞ中国人。

 同じ臭いのする男女。いや同志といった方がいいのか。小蓮と健一の極限の愛の形に香港ノワールの香りを嗅いだ。殺らなければ殺られる。柔なハードボイルド小説に終わらせないでくれた、衝撃のラストに満足の一票を投じよう。レミングの群れのようにひたすら死出の旅へ急ぐギャングたち。不思議に血腥さを感じさせない透明感あるバイオレンス・シーンこそが香港映画の影響大と見たぞ。富春の二挺拳銃なんて、そのものズバリだもんね(^^)。

 とにかく、新宿裏社会の小説的構築力に脱帽しました。ここまで描き込まれちゃうとなまじっかの作家では太刀打ち出来ない舞台背景であります。リアリティの確かさがあってこそ、キャラクターに生命は吹き込まれる。脇役の個性も特筆ものでありましょう。『このミス』上位は確約された薫り高いハードボイルド(いや、一種の冒険小説と言った方がいいかもしれない)の逸品であります。現時点で国産作品本年度ベスト1に上げても何の異存もありませんのことよ。(96/10/24(木) 00:23 読了)

題名:プラスティック 著者:井上夢人
出版:双葉社 1994.5.25 第1刷  
価格:1700円 極私的評価:★★1/2

 岡嶋二人が細胞分裂して井上夢人が飛び出したとき、結構期待してたのだけれど、どうも変な方向へはまりつつあるような気がする。作者の目指しているものがそうだと言われてしまえば外野の戯れ言に過ぎないが、『あくむ』『プラスティック』と変化球で勝負の作品は余技として、あくまでストレートで勝負して欲しいんだけどなあ。それだけの魅力は十分あるだけに…。

 本作は各章がフロッピーに書き込まれた文章であるとの設定になっていて、ある一人の女性を中心に彼女に関わる何人かの男女が起こした殺人事件の不条理な展開を追うのだけれど、最初の三分の一ほど読めばネタが割れてしまう。ここのところそう言う本が氾濫しているので、すぐぴーんと来ちゃうのだな、これが。その手の本はさけているので本当の姿は分からないが、作者の描くその姿はいかにも作り物っぽくて私には馴染めなかった。まあ、こういうネタで引っ張れるのはプロの力量ということなのだろうけど、岡嶋二人の脂の乗ってた頃の切れ味を求める読者には物足りないのであります。

 『ダレカガナカニイル…』は傑作であったけど、そこにあった奇妙な味が増幅されて、ここ何作かの方向性が決まっちゃったような気がするんですけど、次回作はぜひ書き下ろしで出して欲しいな。(94年8月読了)

題名:地下鉄に乗って 著者:浅田次郎
出版:徳間書店 1994.3.31  
価格:1500円 極私的評価:★★★

 悲しい愛の物語です。父親の過去を遡ることによって、自分の愛の終着点を見つめてしまった男は、地下鉄に乗って再び勇気を取り戻すのです。そのためのタイムトラベルだったのですね。病気で口も利けない父親が、真次とみち子に見せた霊的世界だったのか。それとも、のっぺい先生が…。導入部分は広瀬正のSFを読んでるようでもありました。

 地下鉄を抜けるとそこは、オリンピック前の、終戦直後の、戦争前のアールデコの銀座通り。その度毎に違う顔を見せながら、真次の父親の素顔をかいま見るのです。幼年期から壮年期へと遡って、頑なだった父親の知られざる素顔が徐々に明らかになるにつれて、どうしても明かしておかなければならなかった悲劇が真次の目の前に…。

 ファンタジーとも言える前半部分は、この悲劇性を支えるショックアブソーバーとして用意されたようにも思えるのですよね。乗ってしまえば行く先は地下鉄の闇の中。浅田次郎の想像力の翼は読者を闇の中の心地よいノスタルジック・ワールドへ誘います。50代以上の読者はたまらなく懐かしいだろうなぁ。ちょっぴりウェットな浅田節だけど、日本人ならではの情緒が脈打っていて、私結構気に入りました。(94年9月読了)

題名:二重螺旋の悪魔 上、下巻 著者:梅原克文
出版:朝日ソノラマ 1993.8.30 第1刷発行  
価格:各950円 極私的評価:★★★★★

 こいつは凄い。評価は分かれるかもしれませんが、平井和正の『ウルフガイ』『ゾンビーハンター』シリーズ、半村良『妖星伝』マキャモンの『スティンガー』、クーンツの諸作品のファンであり、なおかつ映画『ターミネーター』にぶっ飛んだSF映画ファンの方は、是非読んでみて欲しい。荒唐無稽と言うなかれ。バイオサイエンスアクションと銘打たれたこの作品の骨太なスケールの大きさを1600枚じっくり味わって下さい。

 遺伝子操作監視委員会の調査官=深尾直樹は、ふとした情報からバイハザード事故にかつての恋人が巻き込まれたことを知るが…。その事故の真相とは? 神経繊維の闇に潜む謎の器官イントロンとは? そして人類の運命は? センス・オブ・ワンダーの釣瓶打ちなのだ!

 確かに、一人称おれは、読んでいて恥ずかしくなるほどの、饒舌でスタンドプレーヤーで独りよがりなのだけれど、そんな瑕疵なんぞ物ともしない圧倒的なパワーが未曾有の読書体験を与えてくれるのです(チトオオゲサカ)。よくもまあ、こうも次から次と驚天動地のストーリー展開を思いつくものだ。これでもかこれでもかの怒濤のアクションは、まさにキャメロンの『ターミネーター』感覚そのもの。

 ジェットコースターに乗って下巻に突入すると、何だこりゃあ、こんなのありか!?のぶっ飛び展開(~_~;)。恐るべき想像力の翼。ここまで引っ張っちゃってこの後どうするんだろうなんて心配は杞憂に終わりました。人類とGOOとGODの壮大なパノラマにしばし唖然呆然。う〜む、タゴン102の執拗さは篇中の白眉でありましょう。

 処女作ゆえに文章のこなれていない箇所もありますが、第一作でここまで到達してしまった才能に脱帽するしかないではないか。だいたい、生頼範義画伯がカバーイラストを飾った作品は経験則上当たりの作品が多いのでありますよ(^^)。これホント。(94年11月読了)

題名:男は旗 著者:稲見一良
出版:新潮社 1994.2.15  
価格:1300円 極私的評価:★★★

 表紙を見れば一目瞭然なんだけど、気が付きませんでした。物語の視点となっている俺がXXXだなんて。これって新鮮な驚き。稲見さんってこんな茶目っ気あったかなぁ。いつもながら、不良たちへの暖かな視線がいいですね。主人公の安楽さん=アンラックっていう名前が期待させてくれるじゃありませんか。

 今までの稲見さんと読んでいて感じが違うのは、糸の切れた凧のような自由な浮遊感とでもいうような明るさが前面に押し出されているところですね。ガンが進行しつつあった作者の創作本能が、命を削りながらもその暗さを微塵も感じさせない。その透明な筆致に私は感動してしまった。ガンで死出の旅に出たブックさんは、作者の分身なのですね。座して死を待つよりも、病気にも人生にも闘う一本筋の通った生き方を、男の美学として残しておきたかった。まだ見ぬそんな作者の顔が浮かんできて、思わず目頭が熱くなった。

 物語だけを見れば他愛のないストーリーなのだけれど、稲見一良最期のメッセージがこんなにも明るく語りかけてくる本書は、ハードボイルド色濃い短編集にも決して劣ることのない良質な大人の宝箱なのだ。こんな作家に出会えたのは幸福だったなと、50代になっても思い返せる、そんな出会い、そして別れであったように思う。(94年8月読了)


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