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反攻の丘


「竜征紀外伝」【反攻の丘】
 
序章
 
 
  東麗国は万達嶺の北、五百里の地に有り、丹麗の末裔である。
  姓を珀梨氏と言う。
 
  丹麗既に滅び、珀梨進の一族郎党皆は蔡伯卿の地にあった。
  竜樹六〇二年、辰郭卿鐘醍の叛乱がおきた。
  進は一族を率い万達嶺を越え、北の地へ逃亡した。
  遂に丹麗の地に入り、以後そこを拠点とした。
                     (竜樹楚志・東麗伝序)
 
『東麗はその名が示す通り、かつて竜樹帝国北方に位置し独自の文明を育んだ丹麗の末裔によって建国された国である。
 そもそも万達嶺は万年雪を頂いた標高三千歩以上の連山からなり、それ自体が竜樹との文化交流を妨げる障壁として存在した。
 
 東麗の人々が祖先と称している丹麗国については、未だに謎が多く今日、その文化の名残はかろうじて生活習慣の中に残されているのみである。特に致命的なのは文字史料が発見されていないことである。おそらくは竜樹とは異なる文字を用いていたと推測される。しかし、果たして国という一個の集団単位として丹麗国が成立していたかどうかについては、私見ではあるが疑問を感じる部分が残るため、この章において丹麗の考察を行わない。いずれ史料が発見される時の後世の者に託す。
 
 よって東麗の政治経済の制度というべきものはおおよそは竜樹のそれを元に運用されている。もっとも異なる点は領地は国王がすべて管理する中央集権国家に属するところであり、各行政管区へは大官を派し国王の名において統治管轄す。藩鎮体制を採る竜樹のそれとは大きく異なるところである。
 東麗建国より百余年を経た今日、政治についての諸課題はあるものの国情は六代目国王の下、官、民衆に至るまで安定している。
 国王は先王からの遺命を忠実に引き継ぎ、東麗の民に拘らず他国からの人材を幅広く集め、開拓民を受け入れている。
                  (中略)
 竜樹六百十一年、東麗における天共三年はまさに未曾有の国難に直面した年であり、今日東麗の民は貴賤を問わず己の国を深く愛するが所以はここに起因すると思われる。
 それは私が竜樹人であるからこそよく解る一面であり、また解り難い一面として存在するのだが。
 竜樹はその威光、遙か西方の国々まで及ぶと言われる。いずれ我も彼の地に参りその実状をつぶさに垣間見ることができればと思う。
 その威名は竜樹の強大な軍事行動によるものであり、竜樹の優れた武力に負うところ甚だ大である。東麗の民が祖とする丹麗もまたその武力の前に蹂躙された過去を持つ。同様に竜樹の名において史上より消えし国々の数、計り知れず。
 東麗は竜樹の矛を退けた数少ない国の一つであり、己が国を「竜樹に勝るとも劣らず」と高らかに誇る理由は、竜樹と戦った今より百年ほど前に遡る。
 
 東麗の都、朱釧上京府より南東四十里、丘陵地在り。
 東麗の民曰く「其れ即ち『反攻の丘』也」と』
 
           「『竜征紀』外伝 東麗伝寄記・反攻の丘」
                  文/小田切一鷹

 
 男は筆を置くと、大きく息を吐き出した。
 東麗の夜気は夏とはいえ、ことのほか冷え込む。
 吐く息は白くはないものの、手足のような末端部分は冷えて徐々に動きが鈍くなる。その手をさすりながら、再び筆を取る。
 
 彼のいる石造りの堅牢な建物は、木材のそれよりやはり無機的な冷たさがあった。
 木造建築が盛んな竜樹と比べると東麗は石造が主流を占める。
 それだけ石造建築技術が発達していたともいえるが、いかんせん石は冷えると暖まるまでに時間が掛かる。
 
 その部屋に針葉樹で作られた木の戸を軋ませて、さらに男が一人入ってきた。
 さすがに戸口までは石造りとはいかない。
 蔵などの貯蔵のための建物ならばそれもあるだろうが、ここは貯蔵庫ではない。
 仮に貯蔵庫ということならば、ではこの中で書き物をしている男は貯蔵品の台帳を書き込むお役人といったところか。
 だが、それにしては男の風体は奇異である。
 大凡下々の民を使役する役人ならばそれなりの身なりというものがあるだろうが、あいにくと官吏然とした衣冠束帯も身につけず実に粗雑な着こなしである。
 かたや部屋に入ってきた男、戸口を屈んで入ってきた大男で東麗の礼服の上から将軍とわかる朱の武束帯を腰に巻いていた。それは東麗に生まれた者にとって憧れの対象である千監帯と呼ばれる階級章のようなものである。
 もっとも有事の際には鎧に身を包むため、戦でお目に掛かることは無い。せいぜい凱旋時か、宮中行事などの際の正装である。
 そのひときわ目を引く武束帯の他にも金糸で縁取りのされた豪華な衣装を自然に着こなしているあたり、実に対照的な二人である。
 そんな貴人が奇人を夜半に訪れている。
 彼は中の男の存在を認めると、声を掛けた。もとより戸口から机までは距離にして五歩も無い。
「霜鷹殿、そこに居られましたか」
「おお、その声は……」
 霜鷹と呼ばれた、貴人では無い男はゆるりと声の主の方へ体ごと向けた。
 その容貌から推測するに三十代半ばといったところ。
 額に刻まれた深い皺に、手入れのされていない頬髭といった容貌は、男の気むずかしそうな印象を、あるいはずいぶんと変わり者ではないのかというようなある種独特の警戒心をあおるに十分な雰囲気である。
 かけていた眼鏡をかけ直すと、改めて声を掛けた男に対し地に右膝をつける、東麗流の臣下の礼をした。
「弓律殿、この夜分に何用でございますかな」
 
 弓律。
 人の名でも官位でもない。武芸を極めた者に対する称号である。
 多少の外国通の者ならば、竜樹の三武を想起することだろう。
 同様にここ東麗にも武の称号が存在する。
 人々は称号を受けた者を尊敬と羨望のまなざしで見るところからすれば弓神も三武も差は無いと言えるだろう。
 ただし伝統という観点から言えば竜樹とは比べるべくもないほど浅いものであるし、竜樹の人々に浸透している国家宗教の本尊とも言うべき武神をルーツとする三武はそれだけ宗教色の強い存在である。
 翻って弓律といえば、東麗において本当にただの尊称であり、それによって何らかの特権や義務を有するということはない。
 それでもその男、霜鷹が目の前にしている男は、少なくとも人を殺傷することにおいて屈指の技能を有することは間違いの無いことである。
 
 弓律の称号は字が示すとおり弓の名手であることを表す。
 それは竜樹で同じく弓技において神の領域にいる者の称号、弓神と対比させられることも多いが、その違いを決定的なものにしているのは放った矢の精密性である。
 確かに弓神と称されるからには的に対する正確さも当然備わってしかるべきものである。しかし、弓律のそれはあたかも的の方から矢に吸い付くかのように、まるでそこに当たるのが決まっていたかのように寸分違わずに目標を射抜く。
 あえて言うならばその恐ろしいほどの正確性がために破壊力が犠牲となっていると言えよう。岩をも貫くほどの矢を放つ弓神との相違はまさにそこにあるだろう。
 
 その弓律と呼ばれる男が霜鷹のもとを訪ねるのはこれが初めてという訳ではない。
 霜鷹はそれを知っていて、いつもとぼけたような答え方をするのだ。
 身分差を考えればそれがいかなる無礼であるかは火を見るよりも明らかなことであったが、男も慣れているのだろう。いささかも動じた様子もなく霜鷹の前に腰を下ろすと傍らに抱えていた瓶を目の前に置いた。
「寒かったのではと思いましてね」
 瓶を傾けて杯に注がれたのは酒だった。
 男はそれを一気に喉に流し込んだ。
「今晩は宮中で晩餐会があったのでは?」
「妻帯者には退屈なだけですので、抜けて参りました」
「なるほど、申基 耀殿は身持ちが堅くていらっしゃる」
 そこで初めて、霜鷹は皮肉混じりに男の名を呼んだ。
 男の名は申基 耀(シンキ ヨウ)。後将軍本持千監という役職の武官である。
 東麗の政治機構上において大きく武官と文官に分けられるとすれば申基耀は武官であり、霜鷹は文官である。さらに身分差というものを考えれば、耀の身分に匹敵するには霜鷹は上司を四人ほど飛び越えなくてはならない。
 霜鷹が先に触れた晩餐会に出席することが許されるのは二人上の上司からであり、当然霜鷹はその資格が無い。もっとも、彼の性格からすれば出席したいと考えたことは無いだろうが。
「その堅物が一目散に妻の元へ戻り顔を見るわけでも無しに、霜鷹殿の顔を見ながら一人手酌というのもおかしな話ではありませんか」
 
 申基耀の遠回しの催促に霜鷹軽く笑うと、瓶を持って空いた耀の杯に二杯目を注いだ。
 蝋燭の灯が石壁に二人の影をゆらゆらと映し出しす中で、なんとも奇妙な光景の酒盛りが始まった。
 
                    *
 
「もうすぐ第二編が完成するという話ですな」
 先ほどまで霜鷹が筆を動かしていた机を遠目に見ながら耀が言った。
「幸い資料は竜樹と同じ文字なので翻訳する手間も省けまして」
 
 霜鷹の仕事というのは、東麗の建国から現在に至るまでの経緯をまとめた史書の制作である。三年後の建国百十年となるのにあわせて昨年より編纂が開始された。その数は予定数では全二十巻に分けられ、現在に至る六代の王毎に初代文王編、二代武王編という具合に編集が行われている。そのうち、間もなく第二編と言われる二代武王編の完成をみようとしていた。
 東麗の建国当時に関しては、その経緯から竜樹の国内情勢と深く関わっている。
 初代武王珀梨進はかつて竜樹国内の蔡伯卿領に強制移住を強いられていた。それは竜樹人とは異なる丹麗人の彼らには屈辱的な扱いに他ならなかった。
 やがて、珀梨進を長とする彼らは竜樹国内最大級と言われる「辰郭卿の乱」の混乱に乗じて竜樹の北端にそびえる万達嶺越えて蔡伯領より逃亡し、現在の地に東麗を建国したのである。
 そのため建国初期の文王、武王編に関しては竜樹側の歴史資料も今回の国史編纂資料として扱われ、竜樹人による執筆も加わえられている。竜樹人の霜鷹はそうした理由で東麗初期における史料編纂において竜樹側の資料との再構成を任されている。
 歴史が浅く、非科学的な建国神話というものが存在しない東麗は詩人のロマンを駆り立てるものは少ないにせよ、歴史家にとってはこの上なく客観的な歴史書を書ける格好の対象となっていると言えた。
 それでも東麗より百年ほど前にこの地方に存在した東麗人の先祖の国、丹麗王国は歴史事実を伝える資料といえるものは少ないながらも、伝説、神話の類は今でも民衆の間に浸透している。竜樹にはない民俗的な慣習や風物は、おそらくは丹麗王国時代やさらにそれ以前の時代に端を発しているものが多いと言われる。
 一方で東麗は建国の経緯から竜樹の影響を少なからず受けている訳であり、その政治統治機構は竜樹のものに近い。
 近年の竜樹の政治制度、いにしえの丹麗文化。この二つの影響が合理的に絡み合い東麗国を形成している。
 民族の身体的な差は殆どないとされているものの、やはり顔立ちが竜樹と東麗では僅かに異なる。竜樹では顔は面長な者が多いが、丹麗では丸顔が主流といわれる。顔がまん丸いというよりは顎が引き締まっているというべきか。また、東麗人は身長が低いと言われる。これは痩せた土地柄栄養素が不足すること、弱い太陽光という地理的環境とも言われる。
 ただしこれらの特徴はあくまで通例であって、例えば耀のような大柄な人物も確かに存在するし、面長な人間もいる。一目で竜樹と東麗を見分けることはおそらく東麗の首都朱釧上京府の人々を見ているだけではわからないだろう。
 東麗人の名前は「申基 耀」というように姓が二文字、名が一文字が一般的である。丹麗王国時代には言語系が竜樹とは異なっていたものが、竜樹への強制移住によって行われた竜樹化政策の元、漢字を当てられた名残と考えられている。
 事実、東麗北部といった竜樹への強制移住を免れた地域では漢字表記を持たない人名や、地名が数多く存在する。
 
 霜鷹は訳あって祖国竜樹を追われ、東麗の地にいついて今年で三年目になる。
 歴史資料編集の知識を買われ東麗で仕官を許されて働いているのだが、東麗史編纂事業が無ければ放浪生活を余儀なくされていただろう。その命の恩人とも言える編纂作業も第二編は終盤に差し掛かりいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
 
「我が国は竜樹と違って歴史が浅いので、さほど手間取ることも無いと思いましたが……」
 部屋の奥に向ける耀の視線の先にある、天井近くまで積み上げられた書物の量が言葉を止めた。空いたままの口がその多さを如実に物語っていた。
「ここにあるのはごくごく一部でござる」
 霜鷹はすました顔で酒をすする。
「……でしょうなぁ」
 苦笑しながら自らの頭を軽く叩く耀の仕草は滑稽だった。彼が武人ということすら忘れてしまうようなその表情は警戒心というものが感じられない。
 もとより濃い眉と引き締まった頬、まさに弓を射るために作られたといわんばかりの鋭い目は豪快さよりも刃物の鋭利さを感じさせるのだが、酒が入ると頬は緩み眉は下がりといった具合で、霜鷹にはまるで逆さま絵を見ているような気分になる。
「自国史という考えは竜樹人の考えと私などは思っておりましたよ」
 先ほどのことなど忘れたように耀は言う。
「されど、己の国に誇りを抱くのは竜樹と言わず東麗の人々にも通ずる所がありましょう。国の国たる由縁は愛国心の有無にもあり。自国史作成は愛国心の発露でござる」
「なるほど。いかにも、我が国は竜樹に勝るとも劣らず。その気概は東麗を愛する心から生まれていることには間違いありません」
 胸を張る耀の瞳を見て、霜鷹は頷いた。
「竜樹人である私には、東麗人の抱いた祖国への想いの源が二編の編纂によってようやくわかり始めた気が致す」
「二編?というと武王編のことですか」
「左様。武王の治世に東麗最大の危機が到来したのは申基耀殿なら御存知のこと」
「最大の危機……というと竜樹の蔡伯卿が攻めてきた時か」
「いかにもその通り。危機に直面した時にその国の真の重さが問われると故人に申す者おりましてな」
「そういえば似たような言葉に『亡国の亡国たる由は、その人の亡さか、金の亡さか、肉の亡さか』という詩がありましたか」
「ほほう、その韻の踏み方はコー・エルの歌でござるな」
「カル・バースだそうで」
 東麗とコー・エルは竜樹をはさんでほぼ正反対に位置している国である。
 だが海洋貿易ルート、さらに竜樹以北の草原ルートを通る隊商によってこうしたコー・エルの文物がもたらされる。
 東麗と竜樹の長い海岸線に面した東海、その東海の向こう側の国から内陸部へ向かう交易中継国としての存在が多種多様な文化の交流点ともなっていた。
 二十年程前には竜樹の南にあったファーラム王国がその役割を果たしていたが、その国は今は存在しない。もっともここでは余談というべきだろう。
「して、その詩の続きはなんとなりますかな?」
 霜鷹の問いに耀は豪快に答えた。
「それが、まだ完成していないのだとか!」
「これはしたり」
 霜鷹も耀も吹き出した。
 二人の笑い声は石の天井によく響く。
 
 話がわき道にそれたことに気付いたのだろう。
 笑い終えて、霜鷹は真顔になった。
「私が竜樹にいた頃に見た、東麗の当時を伝える竜樹の資料は、東麗の資料とかなり食い違っていることに気づきましてな」
「どんな風に書かれているのかおおかたの想像がつきますよ」
 当時は敵であった国をつづった資料なのだから良いことが書かれている筈がない。耀もそのあたりは容易に想像がついた。多少顔をしかめた表情になる。
 霜鷹は耀の表情に頷いて言った。
「私がまとめる武王編では東麗の危機を東麗、竜樹の両視点から描いてみた訳でござる」
「両方?」
「左様。事実とは一つだけあるのではなく、時として事実と事実が並んで存在する。そのいずれもがまた真なりと私は思う」
「二つの事実、ですか?」
「偽というのもその書かれた当時の政治状況を考えれば真が見えてくるものでござる。そして、偽であればあるほど歪みも生まれる。偽とは真の一部分に過ぎず。真は偽無くしてはその姿をとどめることはない」
「なるほど、その資料を正面から受け止めるのではなく裏の意味を測ると、隠されたものも見えてくるということ」
「さすがは申基耀殿じゃ。武人としておくのはもったいない」
 耀の答えを聞いて、霜鷹は良い教え子を持ったかのように満足げに笑った。
「つまり鋼か銑か、それはこの際の問題ではない。いずれもくろがねという存在であるということに変わりはないのだから」
 そして、再び耀の目を見据えた。
「『赤丘の戦い』でござるよ。東麗の全てと、竜樹……というよりは蔡伯卿の意地が激突したこの戦い。私のような(東麗から見れば)異人には東麗の人々が己が国を守るために立ち上がり、傷つき、倒れる同胞を乗り越え未来を掴もうとした想いの深さを、ここに見出してござる」
「竜樹軍の蔡伯卿莉郁といえば、この国の武官で知らぬものはおりませんよ」
「竜樹も同様でござる……『無能者』の代名詞として」
 霜鷹の前に座る大柄の東麗人は飛び上がった。
「なんと!莉郁を無能者とは奇妙な話ですな」
「ふふふ。これが歴史の歪みと言うもの。偽と、そして真と」
「あっ!」
 酔いにまどろみかけた耀の目に鋭さが、一瞬にして戻った。
「うむ。東麗にとってみればこの上なく強大な侵略者であった莉郁、竜樹にしてみれば辺境の小国に破れた竜樹の伝統ある家の御曹司」
「つまり……二つの事実というわけか」
 霜鷹は立ち上がると、机の下に置いてあった一編の本を酒瓶の横に並べて置いた。
 まだ装丁の新しい、緑の糸で編まれた表紙には墨で大きく『仮』と書かれているところを見るとまだ完成する前の原稿を束ねたものだろう。
「竜樹では『赤丘の戦い』と呼んでいる東麗と竜樹の戦い、二国の資料を元にしてこの度の二編に書いた次第でござる」
「霜鷹殿、貴殿の思い描いた『赤丘の戦い』を私に聞かせてくれませんか?」
「この本に書いてあることと大差ござらぬが、それでも宜しいと言われるか?」
「もちろん。『赤丘の戦い』の話は幼少のみぎり、曾祖父の膝の上で聞かされたものでしてな。今でも東麗の人々には有名な話です。我々はそれ以降、赤丘のことを『反攻の丘』と呼んでおります」
 耀は童心に返った好奇の色を瞳に宿していた。
「なるほど『反攻の丘』とは誠に当を得た言葉」
 以前にも昔話や竜樹の話を頼まれたことがあったが、こうして耀が時折見せる子供っぽさが、霜鷹にはおかしかった。
 東麗人というのはあまり格式ばらない性格なのかと思っていたが、どうやら耀は東麗の貴族層と言われる中でもかなり特別な存在らしい。霜鷹も、こういう一面を見ているとなんだか愛着が湧いてくる。
「ならば、今宵は語れる所までお話致そう。赤丘、即ち『反攻の丘』の戦いに明暗を分けた二人の男を」
 霜鷹は前に置いた本を手に取り開くと、居住まいを正した。
「昔、昔のことで御座る……」
 そして低い声でゆったりと語り始めた。
 
 東麗の夏が明けるには、まだ数刻の時間がいるようだった。
 
【竜征紀外伝「反抗の丘」東麗寄記伝より】
 序章「弓律耀、霜鷹に故話を求む」終

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反攻の丘

原作 作戦名・不可能作「竜征紀」より

制作 竜征紀製作委員会