小林道雄/坂本 衛
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≪はじめに≫ 鋼鉄製橋梁《きょうりょう》談合事件で、公正取引委員会による独占禁止法違反(不当な取引制限)の告発を受けた東京高検は、国土交通省発注分について横河ブリッジ、石川島播磨重工業などK会・A会の加盟会社26社と担当者8人を起訴。さらに日本道路公団発注分についても三菱重工など3社に強制捜査が入りました。 ≪このページの目次≫ |
小林道雄/坂本 衛 『世界』1993年12月号から
このところ、朝夕新聞を拡げるたびに、きまって苛《イラ》立たしい気分にさせられる。たとえば一九九三年十月二十一日、ゼネコン疑惑を追い詰めていた東京地検特捜部は、ついにというか案の定というか、ゼネコン最大手鹿島の東北支店幹部ら二人を石井・前仙台市長に対する一千万円の贈賄容疑で逮捕した。だが、それに対する宮崎明・鹿島社長の言葉は「一千万円は選挙資金で、賄賂という認識はない」というものだった。そして、それに続く清山副社長の逮捕についても「そんな事実はなかったものと信じている」と贈賄容疑自体を認めていない。
言うまでもないが、これは国民の税金を使った公共事業をめぐる事件であって、司法の手に委《ゆだ》ねておけばいいというものではない。かつての国会であれば、野党は間違いなくこの事件の背景を問題とし、関係者の証人喚問を求めたはずである。しかし国会の政治改革調査特別委は、これこそが調査対象であるはずのこの問題をまともに議論さえせず、政治改革関連法案の審議を滞らせないためにと報道の自由を脅かすと言っていい前テレビ朝日報道局長の喚問を認めた。このトンチンカンな対応には、まったく開いた口がふさがらない。
自民党の一党支配が崩壊したことは結構なことだ。だが、その代わりのように国会は(共産党を除いて)総与党化してチェック機能を失い、細川人気を楯にすべてがあいまいなままに処理されているのが現状なのである。
いわゆる55年体制の崩壊は、金丸前自民党副総裁の途方もない蓄財の発覚から始まった。これによって国民の怒りは爆発し、自民党がやりたくない“宿題”であった政治改革は、避けて通れない課題となった。ここで国民が求めたものは、田中角栄型土建政治を支える政・官・業の癒着と談合構造の解体だった。
ところが、宮沢内閣崩壊、非自民連立政権誕生という流れの中で、いつしか政治改革は「小選挙区比例代表制」にすり替えられた。また、政・官・業の「鉄のトライアングル」解体の方はもっぱら検察の手に委ねられ、職務権限を武器としたい検察はまず自治体首長を狙った。その結果、新聞各紙の報道はいずれも「ゼネコン汚職」の糾弾となった。
あえて言えば、鹿島が公共事業の落札を狙って一千万円の賄賂を贈ったというのなら話は簡単である。それはよくある経済事犯に過ぎない。しかし、宮崎社長はそのカネをあくまで「選挙資金としての裏金」だと言い張っている。実はそのほうがよほど問題なのだが、この御仁にはそういう“認識”はないようだ。
鹿島をはじめとする大手ゼネコン各社が、なぜ一千万単位のカネを金丸に贈り続けていたのか。当時国民が抱いた疑問ははっきりと解明されたわけではない。また四年前、竹内藤男・茨城県知事にも一千万円贈っている鹿島は、同じ日に自民党茨城県連幹部にも一千万円を渡しているという。それはなぜ必要だったのかということだ。そうした、もちつもたれつの巨大な利権構造が“事件化”された「ゼネコン汚職」としてのみ印象づけられたとしたら、結果としてこれもすり替えと言えるのではなかろうか。
いったい、こうしたすり替えがどうしてまかり通るようになったのか。はっきり言って、その責めは新聞・テレビにある。宮沢内閣末期の政治報道は、まさに「選挙制度改革」にあらざれば政治改革にあらずであった。たしかに、それは自民党守旧派をあぶり出す効果はもった。だが、中選挙区制擁護イコール守旧というレッテル貼りの中で、小選挙区制そのものの検討はなおざりにされた。
そして、そうした“風”の中で選挙は行われ自民党一党支配は崩壊する。しかし、新聞・テレビが吹かせたその“風”とは何だったろうか。ここにあったのは、千載に悔いを残しかねない短絡とすり替えだった。椿貞良・前テレビ朝日報道局長の国会喚問は愚挙と言うよりないが、この人物の驕《おご》りたかぶった言葉は断じて許されるべきものではない。報道の原則の逸脱はもとよりだが、私が何より唖然としたのは、
「小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか」
というくだりだった。金丸の不正蓄財に端を発した政治改革は、何よりも竹下・金丸に引き継がれた田中角栄型利権構造の解体でなくてはならないはずだ。小沢一郎氏はその闇の中核から傲岸不遜に権力を行使していたいわば代貸(坂本注 もと貸し元の代理の意味だが、転じてばくち打ちの親分の代理、つまり筆頭子分)である。
その人物の過去を不問に付して何が政治改革か。当時ある週刊誌に新聞批評欄を担当していた私は、その観点からかなり執拗に小沢氏のみそぎにこだわった。だがそのとき、椿なるこの人物は政治改革の本質もわきまえず、こんなことを口走っていたわけである。もし新生党が単独与党となり、小沢氏の「極めて国家主義的色彩の濃い政治運営」が現実のものとなった場合、彼は何と言うのだろうか。
鹿島の宮崎社長は、石井前仙台市長に贈った一千万円をあくまで「政治資金」だとしている。おそらくそれは今後の裁判を睨んでの“認識”であって、そのカネにはやはり賄賂的性格はあったように思われる。ところが、建設経済研究所の長谷川徳之輔氏(常務理事)は、こう言うのである。
「贈ったほうの業者の側には、おそらく賄賂という認識はないでしょう。また受け取った方も政治資金であって賄賂ではないと考えているんじゃないですか。ことは、そういう個別なことではなく、建設業者には自分たちは自民党の“タニマチ”だという自負がある。票もカネも、これまでの政治を支えてきたのは俺たちだという意識が強烈にあるんです」
また、このタニマチ意識を「裏に土建屋コンプレックスが貼りついた自己顕示」とする見方もある。ただし、それは単なるスポンサーという意味ではない。長谷川氏はそれを「政治のビジネス化がもたらした相互依存関係」だと言う。
「土木国家」日本では、戦前から土建業者は権力のサポーターであった。それが55年体制の中でより強固なものとなり、田中列島改造内閣で政治が談合に容喙《ようかい=くちばしを容れること》するかたちの土建政治としてビジネス化される。こうして五十二万社・六百万従業員を擁する建設業界は、カネも票も出す巨大な選挙マシンとなった。保守の票田と言われる農家の全世帯人数は二百七十万人。比較にならないパワーである。
いざ選挙となった場合、業者はすべてそれぞれの自民党候補のもとに駆けつけ、選挙事務所を作り、カネを運び、人を出しと大車輪の活躍を始める。鹿島が三塚博候補の選対事務所に社員三人を張りつけ、違反事件を起こして摘発されたことはまだ記憶に新しい。
ここにはすべての業者が参画しているわけだから直接的な見返りというものはない。つまり、その過剰とも見える“入れ込み”は、やはりタニマチ意識としてのものだろう。このマシンがもっともパワーを発揮するのは、建設官僚が立候補した場合。官僚出身政治家の中でも建設官僚が群を抜いて多いのは、カネも人もの丸抱えで過熱するこのマシンあればこそなのである。ここにあるのは、まさに政・官・業の「一家意識」と言っていい。
ただし、この三角形のつながりには何とも奇妙なところがある。業が政を必要とするのは、官による「指名競争入札制度」の恣意的な運用があるからなのだ。業者は指名されないかぎり仕事にありつけない。指名されるから談合もできるわけである。
しかし、どの業者を指名するかは官の胸三寸にある。だから業者は、指名から外されないために、場合によっては“天の声”を発してもらうために、政に裏金を運び選挙で汗をかくわけである。そして、末端業者にまでおよぶこの構造の頂点に立っていたのが、金丸信であった。
清水建設は五十六人の自民党国会議員を、貢献度(実力)によってAからDまでにランクづけして盆・暮れに現金を贈っているが、(おそらくスペシャルの意味だろう)SAとされた金丸、竹下の二人には盆・暮れそれぞれに一千万円づつを贈っている。それが慣行となれば、やめることは指名外しを覚悟することになる。こうして構造は固定化され、自縄自縛の使途不明金は増大する。ともあれ、大手ゼネコン三十社が同じようなヤミ献金をしていたとすれば、たしかに金塊にでも変えなければ仕方あるまい。だが、東京湾横断道路といったビッグプロジェクトで“天の声”を発した場合、渡されるカネは決して千万の単位ではないだろう。
われわれはそれを「田中型土建政治」と呼ぶわけだが、これまでの日本の政治は、こうした構造を維持拡大しようとする族議員によって動かされてきたようなのだ。では、そうした金丸ら建設族議員の企図のあらわれとも見える高秀秀信・元建設事務次官(現横浜市長)の軌跡を追ってみよう。
その前に、かけがえのない生態系を破壊するだけの壮大なムダ遣いである長良川河口堰は、当時(昭和四十七年)建設大臣の職にあった金丸が、三度も現地に足を運ぶなどして推進したプロジェクトであったということだ。だが、岐阜県の反対によってことはすんなりとは進まず、それが解決した後には漁業補償問題の解決が大きなネックとなっていた。
昭和六十三年、その補償交渉に総責任者として当たったのが高秀秀信・水資源公団総裁だった。だが、この両者の付き合いは建設省時代からのもので、高秀氏は金丸に恩義を感じる関係にあったという。
平成二年、高秀氏は金丸と自民党神奈川県連会長の小此木彦三郎・元建設相に口説かれて横浜市長選に出馬。噂されている高秀氏の疑惑を追っている横浜支局詰めのある記者は、当時囁かれた金丸・小此木の思惑を次のように言う。
「あれは金丸・経世会の引きです。小此木は渡辺派ですが自派よりは竹下派に近く、羽田なんかとは同士的結合があったから同じようなものです。要するに、大型プロジェクトを抱える横浜に対する財界や地元のニーズと金丸経世会の利権ニーズが、高秀で一致を見たということでしょう。地元県連会長である小此木としては、建設に強い奴をもってこないと千葉の幕張に負けてしまうというあせりもあったようです」
実際に出したかどうかはわからないが、高秀氏が自分が出したとする額は三百万円で、資金を含めた選挙のすべては小此木氏が仕切った。というより、実体は先に述べたようなゼネコン・マシンによる選挙だったわけである。また参議院議員などに動員をかけ、各業界縦割りの応援体制を組んで指示したのは時の小沢一郎幹事長だった。
そして後にわかったことは、小此木氏はこのとき自ら指示して二億円の献金をゼネコンから集めたということだった。この事実は、ゼネコン汚職にからむ東京地検特捜部の贈賄側企業の調べから判明したが、小此木氏が死亡しているため高秀氏本人とのかかわりを立証するのは難しいようだ。
この高秀市長に噂される疑惑に対しては、身内とも言うべき市の従業員労働組合が真相を明らかにするよう申し入れをしている。その一つは、横浜市が進めている“横浜みなとみらい21”(MM21)事業計画の24街区問題。この24街区はMM21計画地域の中の銀座というべき場所を占め、ビジネスと文化が複合したビルや店舗街を造り上げようというもので、開発はコンペによって住友・東急グループを中心としたTRY90グループに委ねられた。疑惑は、そのコンペ自体にも囁《ささや》かれているが、それ以上に市がTRY90グループに過剰と思われる便宜を与えていることによる。
それに加えて今年(一九九三年)五月、高秀後援会が一億円を目標に政治資金集めを行い、地元企業から四千万円を集めたが、石井仙台市長の汚職が発覚したことで慌てて返金したことが明るみに出た。計画によれば残りの六千万円はゼネコン各社から集めることになっていたということだ。検察が次に狙っているのは横浜という噂がもっぱらだったのは、こうした疑惑があったからである。
金丸は高秀氏を引っ張り出して横浜に利権の種を蒔《ま》いた。だが、本人は未決の獄につながれ、小此木氏は他界し、経世会は分裂した。その果実は誰が刈り取ったか、あるいは刈り取られていないのか、それは定かではない。しかし、金丸失脚まで日本を支配していた政治は、こうした企図によって動いていたようなのだ。
本題から外れるが、われわれにはどうにも気になることがある。それは、小選挙区制で行われる選挙に、もしこのカネも人もという建設業マシンが一本化して動いたとしたらどうなるかということだ。おそらくそれに抗しきれる組織はないだろう。小選挙区制は二大政党が政策で争うに適した制度だとされているが、そうなる保証はどこにもない。イデオロギーの対立が消滅し、社会党までが与党化している現状では、政策に大差があるはずはない。となれば、一人しか生き残れない選挙は必然的に中央からの利益誘導を過剰に言い立てさせるに違いない。そのとき、もっとも強い訴えは何かということだ。
八月二十七日の日経(「金権あおった小選挙区制」韓国・東亜日報東京支社長・鄭求宗氏)で知らされたことだが、これには参考にすべき前例もあるようだ。同記事によれば、80年代末に小選挙区制を導入した韓国の選挙は、候補者乱立、買収、公共事業誘致の公約、財閥との癒着とまさに惨たる結果を招いたという。では、どうしたら前者の轍を踏まないですむか。鄭氏が最後に述べている言葉を伝えておこう。
「小選挙区制では高邁(こうまい)な政策論争どころか、地元への利益誘導を重んじた政治がエスカレートする心配があります。小選挙区制にするならば、政治資金を取り締まる法律を強めるとか、もっと強い地方自治を確立するとか、別のことをしっかりとやるべきです。そうしないと、韓国の二の舞になってしまいます」
小林道雄/坂本 衛 『世界』1994年1月号から
金丸事件に続くゼネコン汚職によって浮かび上がった談合は、日本の建設市場参入を求めるアメリカにとって恰好なバッシング材料となった。経済制裁までちらつかせながら入札制度改革を要求する強硬姿勢には、この問題を新たな市場閉鎖の象徴として攻めようという戦略が見てとれる。
しかし、その摩擦が加わったことによって、深く社会と経済に根を下ろしたこの構造的な問題は、いとも簡単に「指名競争入札制度」にすり替えられた。つまり、指名競争入札こそが談合の温床・諸悪の根源であるとして、やにわにアメリカが求める「一般競争入札」への転換が叫ばれ出したわけである。
念のため正確な規定を紹介すれば、指名競争入札とは「発注者があらかじめ競争参加希望者の資格審査を実施して有資格業者名簿を作成し、個別の工事発注前にその名簿の中から発注工事等級、技術的適性、地理的条件等の指名基準を満たしていると認められる有資格業者を多数選定したうえで、指名して競争入札を行う契約方式」とされている。
それに対する一般競争入札とは、「競争入札に付する工事の概要等を示した広告をして、入札参加を希望する全ての者に競争を行わせ、最も低い価格の入札者を落札者とする契約方式」というものだ。この指名競争入札自体にはとくに文句のつけようはない。問題はその運用にある。それについて建設省の有木久和氏(建設業構造改善対策官)は、こういう言い方をした。
「指名だから談合あり、一般だから談合なし、というものではないと思います。ただ、指名は運用面でいろいろ問題を抱えており、透明性の確保が難しい。いわゆる“天の声”や政治家の介入など発注側の恣意や裁量が入りやすい。そして本来、指名基準が明確でないとダメなものなんです」
ところが、指名基準を策定している自治体は市で78%、町村では48%しかなく、都道府県の中では和歌山、愛媛の二県は策定していない。また、基準を公表している自治体は全体の18%に過ぎない。それからしてもわかるとおり、まともな指名入札は実施されてきていないのである。
そこで当然、どういう基準で指名されたか、あるいは指名から外されたかは一切公表されない。実は公表できないのだが、その不透明なベールがあることによって、どの業者を指名するかはまさに官のさじ加減ということになる。
先に述べた「官による指名競争入札の恣意的運用」というのはこれを言う。そこで業者は、官に強い政に裏金を運んで指名外しの防衛をはかり、政治を歪《ゆが》める癒着の構造が固定化する。
建設業界の人間を除いて一般競争入札への転換が説得力を持つのは、第一に、この悪しき連鎖である「悪のループ」を断ち切る必要を感じるからだ。一方アメリカは、かねてから指名競争入札の閉鎖性・不平等性を指摘しており、入札制度改革に対する制裁発動期限を十一月一日と定めて強腰の交渉を続けてきている。
そこで、政府はアメリカ側に、工費七億円以上の大規模公共工事に「条件付き一般競争入札」を来年度から導入する市場開放策を提示する方針を固めた。それによってアメリカ側は制裁発動期限を来年一月二十日まで延期。制裁という脅しには問題もあるが、ここにいたってなおしぶとくあいまいな部分を残そうとしている日本側の姿勢にも問題はある。
この「条件付き一般競争入札」は、つい最近まで「制限付き一般競争入札」と言われていたものだが、制限付きを英訳すると“restricted”となり限定のイメージが強まるということで条件付きに変えられた。
日本が長らく指名競争入札制度をとってきた理由には、次回述べるような官側の問題があるのだが、それは第一義的には公共工事の質を確保するために考えられた方法であった。ただし、建設官僚がどうして指名基準を不透明にし、審査結果を公表しようとしなかったのか。問題点はそこにある。
いったい、それはなぜなのか。ひとことで言えば、縛られない指名権を保持しておきたいということだ。建設官僚を建設官僚たらしめているのは、何よりも指名権なのである。その場合、基準にしろ審査結果にしろ不透明にしておけばおくほど業者に対して絶対的な支配力を持つことになる。だが、それとともにもう一つ実利的な問題もある。
政治家や自治体の首長がいかに天の声を発したとしても、あるいは業者間の談合で落札者が決められたとしても、入札という関門を飛ばすわけにはいかない。だから、落札予定者となった者は、どうしても官のインハウス(内部)設計で積算された「予定価格」を事前に入手しておかなければならない。そして、それができるのは各ゼネコンに天下っている建設官僚OBしかいない。
つまり、予定価格を漏らせるということは、天下り先からのニーズを高め、第二の人生の落ち着き先を確保できるということなのだ。一般競争入札となって指名権を失うということは、業者を支配できず、天下り先を失い、政界に転じることも叶わなくなるというさまざまなマイナスを意味するわけである。誰もが言うことだが、一般競争入札の導入を決めた建設省は、おそらく清水の舞台から飛び下りるような気持ちだったに違いない。
こう見てくればわかる通り、たしかに「指名だから談合あり、一般だから談合なし」というものではない。なお、有木氏によれば「アメリカは一般競争入札ということになっていますが、年間数十件も司法省から独禁法違反で刑事訴追されています」とのことなのだ。しかも、一般競争入札は格別世界の大勢というものでもないらしい。
EC内では、随意契約が主体のオランダ。発注者選定型の制限競争入札が主体のイギリス。候補企業意向反映型の制限競争入札が主体のイタリヤ、フランス。一般競争入札が主体のアイルランド、ポルトガル等々と、実に多様な入札システムがある。そして、日本の指名競争入札はイギリス型の制限競争入札に該当するとのことで、国際的に決して特異なものではないという。
要するに、各国とも長い歴史と文化の中で独自の建設市場を形成しており、経済の面だけでは簡単に融合し得ないようだ。その意味で、建設経済研究所の長谷川徳之輔常務理事は次のように言う。
「日本は話し合いの社会で、そういう文化を持っているから談合も行われる。しかしアメリカではそれが犯罪になる。法律がすべてで、何事も裁判所に持ち込んで決着をつける。それでダメならピストルという国です。人が人を信用する社会と、カネしかダメな社会とは基本的に違います。これをアメリカ式にしなければならないというのは、ユナイテッド・ステーツ・オブ・ワールドにしろということですよ」
考えてみれば、条件付き一般競争というのは、制限付き自由と言うようなもので矛盾した話ではある。また、施行後の結果としてみれば実質的に指名競争とさほど変わらないかもしれない。指名競争を国情に合っているという長谷川氏は、運用に透明性を持たせれば指名競争のほうが現実的であると力説する。そう言われれば、そうかもしれない。
しかし、この国に何より難しいのは透明性の保持ということだ。なにしろ、憲法まで不透明にしてしまう国なのだから。
金丸プロジェクトだった長良川河口堰の工事は、談合で鹿島・大成に決まったといわれる。また、当初は十億円程度と見込まれていた漁業補償費は高秀(水資源公団)総裁が、解決を急いで譲歩を重ねた結果百三十億円にも膨れ上がったとされる。おそらく利権もかかわっていたと思うが、ともあれ発足時には二百三十五億円だった事業予算は最終的には千五百億円になっている。
また、昭和四十四年に国家プロジェクトとして開発が決まった北海道の「苫東《とまとう》開発」は、生産規模三兆三千億円となる大規模工業基地となるはずだった。だが、それが幻であったことはもはや疑いようなはい。にもかかわらず国は基盤整備に二千億を超す事業費を注ぎ込み、結果は債務超過に陥っている。しかもこの開発は、自然とアイヌ文化の破壊というマイナスも負っている。
まさに「土建栄えて国土荒れる」であって、負を積み重ねるだけのムダ遣いは即刻やめるべきである。ところが、官僚は計画の見直しさえしようとしない。自身「宍道湖・中海淡水化事業」という愚挙の解決に苦しんだ経験を持つ前島根県知事・恒松制治氏は、こう慨嘆するのだ。
「いかに環境が変わろうと、行政というのは一度計画を立てたら絶対に変えない。間違いや破綻を認めることは基本計画の誤算を認めることになるからです。そういう無謬性がどれほどのロスを生んでいるか。利権もからんでいましょうが、国民から預かったカネだという視点がないからなんです」
政治の変化を言うのなら、細川内閣はまずこの二つの事業の中止・見直しを図ったほうがいい。なぜなら、それ以上に生活者重視・利権構造の打破を示すものはないからだ。
この例に限らず、大型の公共事業予算というのは必ずと言っていいほど、当初予算を大幅に上回る。政にしても業にしても膨れれば膨れるほどうま味があるからだろうが、ここには官が出す計画そのものにも問題があるようだ。要するに、通してから膨らませればいいということで、通しやすい数字が出されるということだろう。おそらくそれは、公共事業には予算はあっても決算はないということとかかわっているのではないか。
不況下の現在、公共工事の増大は喜ばれても非難はされない。しかし、それは基本的な思い違いがそれだけ蔓延しているということだろう。公共工事は国民の財産(ストック)の整備が本来の目的であって、景気回復の手段ではないということだ。政府は今回もまたそれを景気対策として使っているが、公共工事がもたらす乗数効果(波及効果)は低下の一途をたどっており、年を追って投資額そのものである「1」に近づきつつあるという。つまりそれは、建設業者を喜ばせるだけで景気浮揚にはさほど役立たなくなっているということだ。
端的に言えば、五十二万社、六百万人という建設業の規模は、明治以降変わらぬ「土木国家」指向と、毎度変わらぬ景気対策によって形成されてきた。そしてそれが、55年体制の保守政権を下支えしてきたわけである。また、日本の官僚は懸命に「条件付き一般競争入札」の不透明化をはかるだろうが、この制度が実施されれば業界の系列化とリストラは避けられず、規模は相当に縮小されるものと思われる。その意味でも公共工事は、大きく見直されなければならなず、ストックとして量から質への転換がはかられなければならないと言えるだろう。
先にも触れたように、公共工事の発注者である官は必ず内部(インハウス)設計を行い、すべてのコストを積算して予定価格をはじき出す。ところが、その額が高いのか安いのかは、いっこうにわからないのである。むろん業者は安いというが、これは当てにならない。なぜなら、落札した業者が自社で工事を行わず、落札額から六%から十%をピンハネして他の業者に工事をさせる「丸投げ」と称される違法行為もかなり行われているらしいからだ。あるいは「儲からない儲からない」と言いながら、政治家や自治体首長になぜあれほど多額のヤミ献金ができるかということもある。
役所がはじき出す予定価格の枠内に入札価格を収めなければならないというのに、それが高いか安いかも判然としないというありようはどこか異常としか言いようがない。だが、その問いに対して長谷川氏はこんな言い方をするのだ。
「技官が算盤をはじくと言いますが、実際には業者にやらせている場合が多いようです。ただ、予定価格をはじき出すのが技官の存在意義であるということです。その価格が妥当なものかどうかは、まったく分かりません。根拠を示して公表するわけではありませんからね。だから国際比較もしようがない。いわば計画経済下の価格、旧ソ連のゴスプランと同じことで市場価格ではありません」
官の設定に絶対服従を求められ、その価格でやらなければならないとなれば、自主性も効率性も発揮する余地はない。日本の公共土木工事は、この自由市場経済の中でまさに旧ソ連式の仕事の仕方をしてきたということだ。何とも呆れた話だが、予算はあっても決算がないドンブリ勘定であれば効率を測ることはできないわけで、だからこそこんなやり方もまかり通ってきたわけだろう。
公共工事に携わる日本の行政には、たしかに国民から預託されているという意識が薄い。しかしそれは、納税者として官を監視するという視点を新聞を初めとするマスコミに欠落していたからとも言える。さらにわれわれは、ストックとしての公共工事の質とコストにあまりにもルーズであり過ぎたのではないか。
「道路を一キロ造るのにいくらかかるのか、国際比較した場合それは高いのか安いのか、ここをきちんと見ていかなければならない」
長谷川氏が言うことも、要するにタックス・ペイヤーとしての目ということだろう。また、そういう目で公共工事を見ていくことこそが、政・官・業の癒着を生み出している土木政治を変えていくことにつながるのではないか。
金丸の不正蓄財と、それに続くゼネコン汚職は、何よりも建設業界の談合体質をあぶり出した。しかし、談合そのものは決して建設業に限ったことではない。その意味で今回の事件は、日本社会に牢固として残る“談合体質”を広く一般に意識させ、個々に自省させるところもあったように思う。
一方、政府は公共工事の入札制度に透明性を保つためとして「条件付き一般競争入札」の導入を決めた。こうした経過からすれば、誰もが「さしもの建設業界ももはや談合は続けられまい」と考えるに違いない。また、そうでなければならないはずである。しかしわれわれには、公共工事の世界から談合がなくなるとはどうしても思えないのだ。
なぜなら、この世界の談合は業界としての自己完結的なものではなく、官側と絡み合った“談合構造”としてシステム化されたものだからである。どの業界でも談合は業側の必要として生まれている。たしかに建設業界も当初の発生はそうであった。だが、それ以上に談合を必要とし、その方向に業界を“指導”してきたのは官側であったということだ。
つまり、この場合の談合は、業者がやめようとしてもやめられない抜き差しならないものになっており、もしこのシステムが崩壊したとしたら、日本の公共工事は収拾もつかない混乱に陥るに違いないのである。では、まずはその構造の基盤となっている業界自体の談合とその変化を見てみよう。
談合は、もとよりほめられたものではない。とくに排他性という面では、悪しき日本的特性の現れとも言える。ただ、その発生にはどこか“御上”《おかみ》に対峙しようとするところがあったのではないかという気もするのだ。御上に楯突けば後が怖い。その場合には談合して足並みを揃え、総意としてもの申す以外にはないように思えるからである。
たとえば、企業には立地やテリトリーなど商圏がある。その場合、御上に決定を委ねればA建設の本社前の道路拡幅工事をB建設がやることにもなりかねない。これではA社の面子が潰れると同時にB社としてもやりにくい。そこで業者同士で話し合い、A社を施工者とするように段取る。談合の始まりというのは、そもそもはそうしたテリトリーやそれまで手がけてきた工事実績を認めるところから始まったようだ。
こうした談合は江戸時代以前からあったといわれるが、敗戦によって無に帰した建設業界の談合は、それと同じところから始まり経済成長とともに変遷していったと見ていい。つまり、経済復興とともに仕事量が増え、それにつれて仲間うちでの受注競争が始まる。だが、入札価格の叩き合いはお互いの首を締めるだけだという認識から、その工事をやりたい二社なり三社なりが仲間同士で話し合い落札者を決めるようになる。
そして次に、いわゆる「相指名」が始まる。たとえば十社指名のうち四社が手を挙げ六社が降りたとする。その場合、降りた六社の中から公平な判断が期待できそうな年輩者を選んで四社それぞれの主張を聞いてもらい、時の氏神として裁断を仰ぐわけである。それが、昭和四十年代前半ごろまでどの地方でも行われていた談合だった。
ただし、それに先立って東京には別格と言うべき談合組織がつくられていた。当時、国が行う大型公共工事は道路・鉄道・ダムの三つしかなく、大手ゼネコン同士の受注競争を仕切る必要があったからである。その談合組織をつくった初代のボスは大成建設の木村平・副社長だったが、その後ボスとして君臨するようになったのは鹿島の前田忠次氏と大成の岡田政三氏、さらにその二人に迎えられた植良祐政氏の三人だった。なお、すでに当時から地方でまとまらない談合は、あたかも最高裁で決着をつけるように、前田氏や植良氏によって捌《さば》かれていたという。
ところで、昭和四十年代後半に入ると、地方でも談合で常時顔を合わせている十社なり二十社の中から会長というかたちで一人が選ばれ、半永久的な“行司”役がつくられるようになる。それが、東北の門脇氏(鹿島)、近畿の平島氏(西松)、中国の峰久氏(大林)といった現在権勢を振っている談合のボスへと受け継がれていく。
こうした行司役がつくられたことにより、談合は従来のような仲間うちの話し合いから、ボスに向けてのアピールへと変わる。そのアピールは当初はオープンに行われ、落ちた場合の説明もされていたようだ。ところが、やがてそれは直接ボスに頼みに行くという闇に潜ったかたちとなり、落ちた場合の説明もなくなる。当然のことながら、裁定は不透明になればなるほど力を増す。
その結果、弱小の企業は小判鮫のようにボスの周りに蝟集《いしゅう》するようになり、本来相互扶助的なものだった談合は、はっきりとボス支配の組織となる。
その組織に目をつけたのが田中角栄だった。そして中央のボスたちは、列島改造論を引っ提げて登場したこの人間と結ぶことで権力と利権の増大を謀った。こうして談合は・政・が加わったビジネスと化し、「天の声」と引き換えるかたちで「三%上納」のシステムとなる。と同時に、建設業全体が自民党の巨大な集票マシーンとなっていったわけである。
大手ゼネコンの役員A氏は、こうした変遷を振り返って次のように言う。
「行司が権力を持つ前までの段階は、いわば・共生・のための談合と言っていいでしょう。本音を言えばここまではやらせてほしいと思う。しかし、それ以後はボス支配の恐怖政治そのもので何とかしなければと誰もが思っていた。業界が今度の検察の動きにどこかケロッとしているのは、このボス連中を排除してくれるならという期待があるからなんです」
談合をもっぱらにしている営業は各社とも社員の一%程度のもので、業界では業務屋と呼ばれている。彼らは会社で仕事をすることはなく、ほとんど社にはいない。ゴルフでなければ昼から酒が飲めるということで蕎麦屋などで時間をつぶし、夕方から料理屋や麻雀屋へと出掛けていく。やっていることは、他社の業務屋といかによしみを結んで情報を取り、有利な談合をするかということに尽きる。
いわば特殊工作班だから管理部門も口を挟めない。実質的には会社より業界に属しており、それが当然のように「仕事は同業者からもらう」と答える人間たちなのである。また、会社の給料以外に落札企業からの上納金が懐に入るため、社長以上の収入があるとも言われている。そして、よほどのことがないかぎり辞めさせることもできない。そうしようとすれば、たとえば植良氏のようなボスから「彼を辞めさせたいようだが、お宅は公共工事はいらないのか」と脅しがかかってくるからだということだ。
もっとも、それだけに業務屋は自分が裏の人間であることを自覚しており、表舞台の社長になろうとは思わないものだという。というのは、各社とも建設と土木の比率は8対2か7対3ぐらいのものであって、業務屋がトップになっては経営を誤ることになるからだ。事実として、その誤りを如実に証明したのがハザマ首脳陣の逮捕劇だった。
本田茂ハザマ会長は、社長が相次いで急死するといった事情があったにせよ「業務屋は社長にならない」という業界の不文律を破ってトップに座った人物だった。そして、バブルの崩壊によって四千億とも言われる有利子負債を抱えこむにいたったため、自治体の首長にカネを持って走り回るという異常な秩序(談合)破りをやって検察に尻尾をつかまれた。
今回の一連の事件は、マスコミによって「ゼネコン汚職」と命名されたが、業界内にはその呼称に首をかしげ「汚職の確信犯はハザマだけ」と言うむきが多い。実体はそうかもしれないが、だからと言って免責されるものではない。単なる汚職ではない“構造”のほうがはるかに問題だからである。
業務屋のオーバーランは鹿島についても言える。中央談合組織の第一世代のボスであった鹿島の故前田忠次副社長は、その役に就いた際「一年間は工事は取れないと思ってくれ」と社内に言ったという。そうした姿勢で仕切りに当たったからだろう、彼の時代には談合破りは出ていない。
ところが、植良氏の跡目を次いで談合組織「経営懇話会」のボスとなった清山信二鹿島元副社長は、独自のゴルフ会をつくるなどして準大手以下の系列化をはかるのに熱心な“まとめ役”だった。「絶対にそんなことはない」とシラを切りながら竹内元茨城県知事に対する二千万円の贈賄容疑で逮捕された醜い姿はまだ記憶に新しい。そして、その清山を腹心として庇護してきたのが、轟々たる非難を浴びながら日商会頭の椅子にしがみついていたこれも土木畑の石川六郎鹿島会長なのである。
こう見てくれば分かるとおり、今回の贈賄騒ぎは談合組織の変質と密接に関わっている。前出のA氏はこう言うのだ。
「談合組織がしっかりしていれば、個々の企業からの贈賄なんていうことは起こりません。けれども、談合を仕切るボスが小物になり人望や統率力を失った。東大卒のエリート(清山)では人心は掌握できませんよ。そして、恣意的な恐怖政治をやり、ついには全体の調整より自社の利益を図るようになる。そうした中で埼玉土曜会などが摘発され、ちゃんとした談合ができなくなる。そこで、権力を持つ側もカネを持ってくれば何とかするということになり、ハザマのような談合破りが横行するようになったということです」
談合の初心などと言えば笑われようが、談合構造が絶対になくならないことを知っている業界としては、これは現実の問題なのである。
いわゆるナショナル・プロジェクトを始め、国が行う大規模公共工事が、どのように発想され企画され政策化されるか、これはまったく分からない。地元で何やら言い出しているようだと思っているうちに、何となくプロジェクトになっていくというのがだいたいのパターンなのである。だが、それについてあるジャーナリストはこんな言い方をした。
「建設官僚が何かつぶやくわけですよ。いうならばそれが企画。すると、ゼネコンなどが寄り集まって手弁当で研究会やら勉強会をつくる。そして彼ら民間で調査・研究し、図面の下書きや工法など企画の骨組みをつくる。官僚はそれをアレンジして提出するだけです。自分で勉強するのも大変だし、それに官僚は失敗できない。要するに、計画は民間の費用でつくられる。むろん参画した企業は見返りを求め、それには当然応えなければならない。だから、入札はシェアの割り振りだけ。このシステムでは談合は当然の帰結なんです」
だが、事実はもっと巧妙な仕組みになっているようだ。あるゼネコン幹部の説明は次のようなものだった。
「役所からの意向は、まず建設省関係の社団や財団の協会、たとえば橋梁建設協会とかトンネル技術協会に伝えられる。ここに受託費が出て、そこに委員会ができ、業者が手弁当で参加する。この協会自体が官僚の天下り先ですから、そこに餌を出すわけで、まさに一石二鳥です。そこに携わった業者が受注するのは当然で、そうならなかったら大問題ですよ」
はたして、これは事実なのか。だとすれば、談合は官によって助長されてきたことになる。だが、それはまぎれもない事実だった。退官後どこにも天下りせず「清貧の暮らしに甘んじとる」と豪快に笑う元建設官僚B氏は、何とこういう言い方をしたものだった。
「助長なんていうものじゃない。それが指導原理としてまかり通ってきたんだよ。マスコミは談合けしからんと業界をつっ突いているが、まるで本質が見えていない。談合の根源は建設省にある。諸悪の根源は建設省なんだ」
当初、われわれは建設省と業界の関係を、支配・被支配の関係と考えていたところがあった。そこで、この計画立案についても、官が業にやらせる、あるいは頼んでのことと想像していた。しかし、B氏が言ったことはまったく違っていた。
「頼んでいるんじゃない。教えを乞うているんだ。そうだろう、外郭団体にしたって業界にしたって、そこにいるのは自分たちの先輩だよ。じゃあ、なぜ教えを乞わなければならないのか。今の建設技官には自分たちでやる能力がまったくなくなっているんだ。一杯飲んでる時なんかに若い連中が何と言ってるか。『何たって鹿島建設省、下請けのマル建産業だからなぁ』そう自嘲しとるんだよ。マル建産業というのは、マルに建の字で自分たち建設省のことだ。それが、いまや下請けの能力しかなく、現実に建設省の業務をやっているのは鹿島や大成だと自嘲的に認めているということなんだ」
事実として、建設省の技術研究所には百人の技術者しかいないが、鹿島は千五百人、業界全体では二万人の研究員がいる。業界が手伝わなければ何もできないのが現実なのだ。
では、建設省の技官はなぜそこまで能力低下をきたしてしまったのか。B氏はそれを「昭和三十年ごろから建設省は直轄工事をやめた。それが契機だと思う」と言う。その見解にいささかの私見を加えて述べれば、今日の堕落にいたるその経過はおおむねこういうことになる。
それまでの建設省は、建設省直轄工事として道路にしろダムにしろ設計から施工管理まで役人である技官が自らやっていた。だが、一九五五年ごろを境に「事業官庁から行政官庁へ脱皮する」として直轄工事をやめる。おそらくそこには、土木工事を自らやっている「トンカチ官庁」「三流官庁」というコンプレックスからの脱出願望もあったに違いない。
だが、他の省庁に伍して国土行政を行うというタテマエは立てたものの、そもそも国土観というものがなかったため、総合的なビジョンなど描けるはずはなかった。そこで、能力なしと認定され別個に国土庁が設けられることになる。はっきり言えば、その時点で「国土行政を目指す建設省」は有名無実となったわけである。
そして、実務を失ったことによって高度な道路をつくったりする設計能力・施工管理能力を日に日に喪失していく。そこで窮余の一策としてコンサルタントの養成を始め、ソフト部分はすべてコンサルタントがやるということにした。だがその結果は、では技術者も含めて建設省は何をやることになるのかという疑問を深めることにしかならなかった。
現実を言うなら一九五五年以降、能力と経験を持った技官は年々ゼネコン各社へと転身し、建設省そのものが業界側に移行してしまったとも言えるわけである。その意味では、まさに“鹿島建設省”は正しいことになる。考えてみれば、現在の建設官僚にとってのゼネコン各社は、自分らの能力を補って仕事を進めてくれる協力者であり、いずれは自分たちも行くところなのである。これでは、行政と業界の緊張関係など望むべくはない。抜き差しならぬ談合構造というのは、こうした基盤から生じているのである。
この依存関係は、能力だけでなくカネ(予算)の面でも大きな甘えとしてまかり通っている。たとえば、大規模なダム工事のような場合、タテマエとして設計は官がやることになっているが、それに先立つ地層の調査などは官の予算では賄いきれない。そこで業界に投げ、談合で手を挙げた企業と共同で行うことになる。これは明らかに談合を前提としなければ成立しないのである。
そうした構造が見えてくれば、建設官僚と業者の付き合いにもかなり誤解のフィルターがかかっているように思える。たしかに、業者に付き合って飲み食いやゴルフから女までという話は耳にする。ただしそれは、官に何かを求めての接待であるかどうか。B氏が語る日常はこういうものなのだ。
「よく目にしたことだが、業界におる先輩が『ちょっと来てくれんか』と電話をかけてくれば、ほとんどが『ハッ』と言って出て行く。あるいは『飯でも食おうや』と言えば、喜んで尾を振って行く。だって、それじゃなきゃ自分が困る。建設官僚としての企画もできなければ仕事もできないんだから。まあ、教えてもらってるというのが主で、求められてるなんていうのはあんまりないはずだよ」
先ごろ衆院の建設委員会で、共産党の中島武敏議員が会計検査院の資料を手に東京湾横断道路の入札に関する質問を行い、「六つのトンネル工事の予定価格に対する落札価格の割合が、六つとも九九・七%と、ぴったり一致している」ことを指摘した。それを伝えた朝日の『天声人語』は、建設省道路局長の「予定価格は厳格に機密を守っている」という答弁をとらえ「たまたま、つまり偶然、という説明はいかにも苦しそうだ」と書いていた。
新聞としてそう書くのは当然だろう。天声人語子としては多分皮肉のつもりで書いたに違いない。なぜなら、もし皮肉でなかったとするなら、必ずやB氏から「新聞記者ともあろうものが……」と言われるに違いないからである。建設省の当事者は、明らかに予定価格を洩らしている。そんなことは当たり前であって、驚くには当たらない。問題はそれをどうとらえるかということなのだ。
前回も述べているように、予定価格の積算は業者がやっている。また、その価格が適正かどうかは誰にも分からない。それは会計検査院も同じはずだ。なぜなら、設計の技術者がいるとは思えないからである。もし、会計検査院が文句をつけるとするなら、それは入札価格とあまりにも違いすぎる場合しかない。ということはどうなるか。引退したあるゼネコン役員によれば、こういうことなのである。
指名競争入札で、入札した全部の社が予定価格を下回れば予定価格が高すぎるという官の積算ミスになる。逆に全部の社が高値につけたら入札不調となり、参加者全員を外して指名から入札のやり直しになる。また、かりに制限価格を外して安値で受注するところが出たとしたら、大蔵省は以後同種の工事に対しては安い方の価格でしか予算を出さなくなる。そこで、適正かどうかはともかく官は自分が設定した予定価格に近いゾーン(予定価格より下で、しかも安値受注防止のために定めた落札最低価格よりは上)で入札してくれることを求める。
「そうなれば官の方から予定価格を伝えなければならない。だから教えます。ただ十社全部には教えられないから、談合でうちが取ることになりましたと言ってきた社に教えます。OBなんか行かなくても営業マンが行けば教えますよ。だって、教えなければ自分の首が危なくなるんだから。つまり、現在の会計法が続く限りは、官側が談合を要求するんです。ですから、業の方に談合がなくならないかと聞かれても返答のしようがない。官がなくしたくないんです」
だからこそ、六つの工区とも予定価格に対する落札価格の比率が九九・七%で揃うわけである。この談合形態をB氏に話して確認を求めたところ、B氏の答えは、
「事実だよ。それはもう当たり前のことだ。今ごろ何を言ってるんだという話だな。それはルール化されていることで、だから間違ったこと、悪いことをやってるなんて意識は毛頭ない。市場原理なんてものは関係ない。だからこそ、建設省と建設業界は成り立っているんだ」
というものだった。ルール化と言えば、実に象徴的な話がある。指名競争入札で十社指名するということは、原則的には十社それぞれが見積りをはじくということだ。であれば、官の方は図面と仕様書を十組揃える必要がある。ところが、官は一組しかつくらず、役所に閲覧に来いと言う。落札者は談合で決まっているわけだから、降りたところは見に来る必要はない。だが、それではいかんと必ず閲覧に来て署名することが求められるそうなのだ。
本当に積算しようと思えば社に持ち帰らなければなるまいが、それは許されない。となれば、少なくとも五時間ぐらいは首っ引きで仕様書を繰らなければならないはずだという。だが、そんな情景はまず見られないとのこと。談合を前提としてルール化されているからこそ、そんな省力化・省資源化ができるわけである。
このシステムは、地方建設事務所はもとより県であれ市であれまったく変わらない。なぜなら、そうするよりない事情もあるからだ。たとえば、各市に土木職・建築職が何人いるか、どれほどの経験を持っているかという問題が関わってくるからである。市によっては建設課長が事務屋というところも少なくないといわれているが、その場合インハウスでの設計や積算やチェックは誰がやるのか。タテマエ通りの運用は初めから無理であり、それが何とかなってきたのは談合システムあればこそだったわけである。
架けた橋が落ちて市民が怪我をし、発注担当者の首が飛んだということがあまりないのは、本人に能力がなくても指名競争入札によって信用できる業者にやらせることができているからにほかならない。初めに述べた「もしこのシステムが崩壊したとしたら、日本の公共工事は収拾もつかない混乱に陥るに違いない」というのは、この現実を言っているのだ。
「すべて談合が成立しているからできるんだよ。構造的な問題というのはそのことなんだ。その構造を根本から正さなければ談合は消滅しない。それはまず、建設省をどうするかということなんだよ」
とB氏は言うが、ことの本質はまさにそこにあるということだ。ところで、この公共工事に携わる地方公務員には、もう一つ問題もあるようだ。地方自治体の人事は、本来自治体に属すべきものだが、なぜかこれも各省の人事となっており、それを拒むことは実質的にできない仕組みになっている。
たとえば、広島県で河川課長をやっていた人間が島根県の土木部長としてやってくるというような地方回り人事が、システムとして固定化され循環しているようなのだ。もとより彼らはキャリアではないから、本籍が建設省というわけではない。にもかかわらず、地方建設局との関連で建設省の人事となっている。だいたいが隣接した地方を一期二・三年ほどで回り、県の土木部長で上がりとなる。
談合構造が全国にあまねく広がっているのは、こうした人事とも無縁ではあるまい。それについて、前島根県知事・恒松制治氏はこうした問題を指摘したものだった。
「地方自治の観点からすれば悪しき習慣ですから、私も何とかそれを引っ繰り返そう、有能な人材を充てようとしたのですが結局は難色を示され駄目でした。と言うのは、やはり建設省に陳情に行かなければなりませんから、向こうの意向を退けることはできないわけです。私の場合にはそういうことはありませんでしたが、知事がいかに厳正であっても、土木部長の立場で業者と癒着することはあり得ると思うからです。現に、定年で土木部長を退官した者が建設会社の役員として天下っているわけですからね。談合の問題というのは地方自治の確立ということと深く関わっていると思います」
これも先ごろ朝日新聞が書いたが、建設官僚を自社に迎え入れようとする建設会社は「職員招聘要望書」「人材割愛申請書」なるものを御当局に提出することになっている。すでに見たように技術面で彼らを迎え入れなければならない理由はない。では、何で必要なのか。前出のゼネコン側のA氏によれば、話はまったく簡単だ。
「指名を受けるための第一条件が建設省OBを受け入れているということだからです。いなければ、はなから相手にされない。だから、いかに能力がなくても仕事ができなくても入れるというだけのことです」
事実はそういう意味での受入れということだが、それは別に自発的なものではない。B氏によれば「あれは建設省人事だ。とことん徹底しとるよ」とのことで、実態は建設省側が退官する者の肩書や重さを考えて、それにふさわしい企業に割り振るというものだという。大手ゼネコンに対する場合は「あうんの呼吸」でやるとのことだが、地方の場合は必ずしもそうではないようだ。
「まだOBを取ってない会社で今後伸びそうだと思うようなところには、大きくなりたかったら天下りを受けろ、受けなきゃホサれて伸びないぞとやる。それで実に下らんのを寄越すんだよ。地方には何の能もないのにOBだとふんぞり返っている奴がおってな。建設一家はそういうのまで全部面倒見るから脅しのようなことにもなるわけだ」
そんな場合でも「人材割愛申請書」となるわけだが、むろんそんなものは最終的な形式であって、待遇などの条件は事前にくどいほど詰められるという。その渉に当たる者は、先輩を大事にしてもらいたいからと言うようだが、それはそのまま、やがて同じ立場になる自分のためのレール敷きというわけである。
言うまでもないが、まったくフェアーな一般競争入札が行われたとしたら、業が官のOBを受け入れる必要はどこにもなくなる。そうなれば、この構造は崩壊するわけであって、その意味からも実質的な指名競争入札と談合はなくならないと見るむきは多い。
ところで、官と政のつながりだが、代議士の姿勢が一番低くなるのは建設省だとはよく言われる。逆に言えば、建設官僚はどの省庁の官僚より代議士から大事にされ、それだけ人間関係も深まる。そこで、こんな風景も常態化するようだ。
「予算配分の時なんか、若い役人が課長補佐の机で『ここをこうしては』なんて打合せをやる。いわば、官同士の談合だよ。その時、課長補佐が『ちょっと待て』と言って代議士に電話し『先生、ここんところこういうふうに予算つけようと思いますが、よろしゅうございますか』なんて言って、その場で道路が決まったりする。そんなことは年中だわな。それを見て育っているから、若い奴はそんなものだと抵抗がなくなる。だから建設官僚は可愛がられるんだ」
そう言ったB氏は、続けてちょっと面白いことを言った。役所にも「天の声」は下りてくるが、建設省では「天」とか「声」という言い方はするが「天の声」とは言わないというのである。そこで会議でも「それは“天”ですか」あるいは「これは“声”だ」というような言葉がよくあったというのである。そして、よく掛かってきたのは田中角栄の声だったという。
「参事官のところで会議をやっていた時だが、田中角栄から電話が入った。すると、いつもそうなんだが、どんな重要な会議をやってても参事官は『角さんから呼ばれた。ちょっと行ってくる』とタッタッと書類を風呂敷に包んで出掛けていく。そして、帰って来て『車代もらったよ』とみなの前に封筒を見せた。十万ぐらいあったよ。本人はもとより誰も平気なんだ。『よかったですね。ご馳走してください』それで終わり。それをおかしいなんて思う奴は建設官僚じゃないんだよ。それどころか、俺もああなりたいということで、それが役所内の主流派となっちゃった」
そして以後、金丸・竹下とつながる者が主流派となり、そうでない者は次々に出されて行ったという。こうして金丸は建設省を掌中に収め、談合組織のボス植良祐政氏と太いパイプをつないで、官・業にまたがる“談合構造”の頂点に君臨することになり、政治そのものを談合構造化させた。
しかし金丸は、皮肉にもその構造から吸い上げ過ぎた黒いカネによって失脚し、パイプ役であった談合のボスたちもまた小菅の住人となった。ただし、いかに彼らを排除したとしても、この構造は容易には崩れそうにない。その鍵は、何よりも談合を生まざるを得ない指名競争入札制度にある。では、実質としてそれが生き延びられるかどうか? その問いに、A氏ははっきりこう言うのである。
「残ります。五二万社を対象とすれば九九%残ります。われわれゼネコンの世界でも半分以上は残るでしょう。と言うのは、一般競争入札を行うためには七つほどの条件が必要なんですが一つも整備されていません。ですから、実質的に一般競争入札はないということです。一般競争入札と呼んだとしても、条件(制限)付きということで指名競争入札と変わらないことになります。もし、本当に直そうとするなら、国家的レベルで会計法など大蔵省のルールそのものから変えなければ変わらないということです」
ただし、すでに見たように官はそれが原則であるインハウス設計をやっていない。そして、それを見抜いているベクテルなどアメリカの建設業者は、まさにその部分である設計・コンサルタント分野を開放しろと迫り、ついに政府も開放を決定した。それが、はたしてどれほどの“黒船”になり得るかというところはあるようだ。
しかし、ここにはもっと根幹に関わる問題があるように思える。それは、建設省という役所は何かということだ。先に述べたように、事業官庁であることをやめたこの官庁は、国土庁が誕生した時点ですでに有名無実化している。官庁としてのレーゾンデートルはないのである。にもかかわらず、事業費を持っているという既得権にあぐらをかき、そのかたちで存在するための唯一の武器として入札の指名権にしがみつき、能力を欠いていることを自覚するがゆえに自ら談合構造をつくりあげた。
はっきり言って、建設省の技官というのはもはや不要なのではないか。行政改革はなぜ彼らを対象としないのか。建設省の解体まで言うつもりはないが、もし細川内閣が抜本的に政治のありかたを変えようとしているのなら、公共工事の発注はもっと別のありかたを考えたほうがいいだろう。
なお、われわれがこの問題に首を突っ込んで何とも不思議に感じたことは、新聞はなぜこの談合構造を報じないのかということだった。建設省クラブに詰める記者諸公が、このことを知らないはずはない。いったい、なぜそれを書こうとしないのか。書けば役所から締め出されるということかもしれないが、そのこととこの事実とどちらが重いかということである。あえて言うなら、談合構造はそうした新聞の姿勢によって温存されてきたとも言えるのである。