2005.1.8
大先生はワガママか?
ワガママを言う人がいる。
公共事業に係っているとよくこのような大先生に出くわす。(大教授や様々な学識者など)
ワガママをいえる立場の人は必要なワガママを言う義務と責任を持っている。
公園の真ん中に巨大なモニュメントが必要だという。
費用が何十億円もかかるというのに、金額にひるむどころか一向に声を静める気配もない。
周りはみんな本音では反対なのに、何故かあからさまに反対意見を言う人がいない。
組織の立場が正常な議論を押しとどめている。
筆者は技術者であることもあり、比較的立場がフリーなのでわりと自由なことを言ったりする。
この大先生は理屈だけで説明できないものをお持ちのようだ。
もちろんモニュメントは無駄ではない。
自由の女神やピラミッド、コルコバード、八紘一宇など、後世に伝わるモニュメントは国内外枚挙にいとまがない。
これらを現時点で無駄と断じることなど誰も出来ないはずだ。
例えば恐らく100年後や1000年後を考えた視点からこの老学者は訴えているのだろう。
でもまさか1000年後を考えた計画などと説明するわけにもいかない。
そんな状況のなかで不思議な押し問答が続くのだろう。
確かにモニュメントがあったほうが素敵だろう。
自分としては個人的にはむしろ多少応援したいなという気持ちにもなった。
ただし、公共事業には国民の税金が使われている。
当然、個人の気分で左右されるような問題ではない。
ここでは生生しい金の話は、極めてドライに数字として処理されていく。
何十億もの金が目の前をさりげなく一瞬で通り過ぎる。
「もっと他に必要なものがあるのではないか」というような正常な発言もここではあまり意味を持たない。
予算執行の当事者意識のない大先生と一介の技術者が議論し、肝心要の当事者(行政担当者)は押し黙る。
組織立場という足枷を外し、純粋に検討を進める態度が、本来、任務として求められているというのに。