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組合員からのメッセージ
50音順

私は1981年6月19日、電電公社(現NTT)から職業病(頸肩腕障害)を理由に解雇され、27年めを迎えています。
解雇当時、所属していた組合の支援を得られない中での闘いでしたので、厳しい闘いを強いられました。
東京地裁、高裁と不当な判決が出され最高裁に上告をしていた1999年に東京労組に加盟し、一人分会を立ち上げました。
最高裁でも不当な判決がだされるかもしれないという状況の中、NTTとの闘いを続けるためにも東京労組に加入が必要と思いました。
実際に、闘いは前進することができています。
2001年にNTT職場の仲間が一人加入してくれ、名称をNTT関連合同分会と改めました。
NTT東日本と団交ができるようになり、私も団交の場で発言出来るようになりました。
そしてNTT落合ビルの中に組合事務所を勝ち取ることができました。
東京労組という身元保証人ができたことにより2005年2月に木下支援共闘会議が結成され、そこを軸に闘いが展開されています。
闘いもナショナルセンターを越えて、支援共闘会議に加入して頂いたり、カンパや梅の物販も取組んで頂いています。
2007年には株主総会の情宣行動やメインバンクであるみずほ銀行の情宣・要請行動をNTT内の闘う組合4団体がナショナルセンターを越えて共同行動を行うことができました。
解雇当時、厳しい闘いといわれてきましたが、最高裁から不当な判決が出されても着実に前進してきています。
石原分会長の違法な転籍をめぐっても、昨年の8月に都労委から不当労働行為と勝利命令が出されました。
現在、闘いの場は中労委になっていますが、この勝利は私にとって本当に嬉しかったです。
今まで負け続けてきましたが、この勝利命令はNTTに対して、今までみたいに好き勝手させないぞと歯止めをかけたと思います。
あきらめることなく、長きにわたって闘い続けられていられますことに東京労組の皆様をはじめご支援頂いている全国の皆様に心から感謝申し上げます。
これからもNTTに対して職業病の業務上認定と職場復帰を求めて闘い抜く決意です。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

NTT関連合同分会 木下孝子

私が勤める会社は、低賃金・長時間労働で2、3年もすると社員がどんどん入れ替わる有様でした。
このような中で、私たちは労働組合を結成しました。
今では完全週休2日制で、ゴールデンウィーク・夏・冬の休暇もそれぞれ9連休以上です。
皆さん!組合に入って人間らしい生活を獲得しましょう。
何よりも気の置けない仲間達がいつでも組合に待っています。

少年写真新聞社分会員より

『組合に入ったことで、会社から未払い残業代を払わせました!』

●社員は奴隷のようだった

私は中規模の印刷会社に勤めています。
私たち社員は会社や業界が厳しい状況にあるのは理解していますから、会社の売上に貢献しようと努力してきました。
激務で身体に変調をきたしたり、うつ状態になったりしながらも、会社がつぶれては元も子もないからと頑張っている社員も多くいました。
私たち社員が頑張っているにもかかわらず、会社は締め付けを厳しくしてきました。
9時から18時までの就業時間なのに、8時15分までに出社しないと1ヵ月目は5,000円、2ヵ月目以降は10,000円を給与から罰金として差し引くというものです。
タイムカードを押す場所の壁に8時15分までに来たかをチェックする一覧表が張り出されました。
深夜残業を続けていたために、時間に出社できなかった多くの社員が給料を差し引かれました。
経営者は社員に向かって「これがウチの会社の文化だから、嫌なら辞めてもらってけっこう」と言い放ちました。
加えて私たち社員は、会社側から一方的に裁量労働制の雇用契約を結ばされていました。
けれども私たちは出社時間を厳命され、勤務時間中には何をしているか監視され、1分たりとも自由はありませんでした。
会社は裁量労働制を社員に残業代を支払わずにすむ制度として悪用し、私たち社員は奴隷のようにがんじがらめされていたのです。
就業規則すらなく、経営者のさじ加減ひとつで首が飛ぶような、不安定な立場に立たされていました。
私たちはどうしたらこの奴隷状態から抜け出せるのか、いろいろ調べた結果が『労働組合』でした。

●『労働組合』で未払い残業代を取り戻した

私たちは『労働組合』を作って、会社に正当な主張と要求を行いました。
もちろんすんなりと要求が認められたわけではありません。
仕事を干されたり、逆に過大な仕事と責任を押しつけられたり、いじめや嫌がらせを受けました。
しかし会社と話し合いを続けました。
そして最後には会社に誤りを認めさせ、きちんとした就業規則を作り、未払い残業代を支払わせることができました!多い人で約300万円の額を取り戻すことができました。
また就業規則ができたおかげで、メチャクチャな残業をすることはなくなりました。
「会社」対「個人」だったらここまでできなかったでしょう。
この結果を出すことができたのは、1人1人は弱くても、協力し合って『労働組合』を作ったからだと思っています。

●職場を移り歩くより、今の職場を良くしていこう!

このページを見ている方の中には、会社の中で孤立している人もいらっしゃるでしょう。
けれども東京労組は1人でも加入できる組合です。
このままでは自分が潰れるしかない、この現状を打開したい、と考えているのでしたら、東京労組に相談することから始めてください。
組合活動は面倒くさいと思う人もいますが、それでは何も変わりません。
嫌だったらいい会社に移ればいい、という考え方もありますが、自分に都合の良い職場など、そんなに見つかりません。
それよりも職場を居心地良くして、長く勤められる職場に変えていく活動を始めてみませんか?

東銀座印刷分会員より

2000年当時私たちの職場では、部署によって月80時間を超える残業が行われていました。
翌年4月に経営者は、一方的に給与体系の変更を行い、30時間を超えた残業時間分については賃金を支払わないこととしました。
私たちの職場の給料は残業代に依存する割合が非常に大きかったので、なんとかしなければと考え、有志で労働組合を結成しました。
「労働基準法」の知識もほとんど無く、「労働組合法」など全く知らない私たちでしたが、東京労組本部の指導のもと、「残業代未払訴訟」を勝ち取ることができました。
また、労働組合を認めようとしない経営者に対して、たくさんの仲間達の支援協力で社前集会やデモを行ったり、組合否認や団体交渉拒否の是正を求めて行なった東京都労働委員会への「不当労働行為救済申立」の審問中に「36協定」が締結され、「団体交渉」が開催されるようになりました。
労働委員会の審問が行なわれている中、組合活動に対する報復か、2名の部長が平社員に降格されるという事件が起きました。
しかし、労働委員会では、経営側の不当労働行為が認められ、原職に復帰させるよう命令が出されました。
経営側は、この命令を不服として、東京地裁に命令の取消を求める行政訴訟を起こしましたが、地裁・高裁ともに組合側が勝利し、2名の組合員は部長職に復帰することができました。
まだまだ課題はたくさんありますが、労使関係の正常化を目指して労働組合活動を継続して行きます。
1人や少数では難しいと思うことでも、東京労組に加入すればたくさんの仲間が支援してくれ、力になってくれます。
職場の問題で悩んでいる方はぜひ一度相談してみてはいかかですか。

ミューズ分会員より

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